こんにちは Penpen と言います。2005年06月25日
Category: 若者の声
投稿:Penpen/
みなさんこんにちは。今回からちょこっとおしゃべりさせていただくことになりましたpenpenです。現在自分の道を探しつつ、東京でフリーターしてます。今年は教員採用試験にチャレンジします。今回は自己紹介がてら、今までの私の話をします。
私は親の仕事の都合で、転校が多く、仲のいい友達がなかなかできませんでした。小学生の頃は軽いイジメもあり、何度も学校に行くのが嫌だと言っていました。でもまぁ、それなりに楽しかったし、親は注射をしてでも私を学校に連れて行くような人でしたので、一度も休まずに登校しました。
中学は3年間同じ場所でしたが、ひどいイジメにあっていました。でもその頃は「登校拒否は負け。逃げたら負け」と自分に言い聞かせ、頑張りました。イジメのことはまた追って話をしますね。
高校時代、部活に励んでいましたが、初めての運動部でうまくいかず、3年のインターハイの直前に、チームの人とうまくやっていけなくなり、退部。つらかったなぁ。そのとき初めて登校拒否をしたのです。よりにもよって受験生の高校3年で拒否することないのにね(^^;人が信じられなくなってしまったのです。親友だと思っていた仲間からの「あなたとは3年間、無理して付き合っていたんだよ」という言葉、今でも覚えています。精神的に完全におかしくなってしまって、眠れない日が続きました。私は毎日学校に行くふりをしていつものように電車に乗り、駅周辺で時間をつぶしていました。
こんなんじゃいけないと、電話帳で検索して伊那の教育相談所に電話をしました。そこの先生方に自分の気持ちをぶつけて、その日から毎日そこに通うようになりました。これで勉強もできる。ずっと「登校拒否は逃げ」って思っていた自分が初めてばからしく思えた。「休んだっていいんじゃない?」って思えました。だって精神的に苦しんで、死んじゃったらどうしようもないじゃん。心の休憩、考える時期って必要だなと思いました。
この時が私のフリースクールとの出会いです。中学のときはそういう居場所なかったし、あることも知らなかったから。受験もあるし、クラスの友達が私を支えてくれたので高校3年生の生活後半はきちんと学校に通うことができましたが。
さて、受験はおもしろいくらい落ちましたが無事に私立の大学に入学。やる気が出なくて大学も拒否気味だった1年の頃、私は「東京シューレ」というフリースクールと出会いました。 こんな魅力的なところがあってもいいの??って私にとってすごく衝撃的な出会いでした。登校拒否の子どもたちって、暗くて、辛いかんじなんだろうなって勝手に思い込んでいたけど、ここの子どもたちはすごく生き生きとしていて、誰もが「学校に行っていたら今の自分はいないよ」と話してくれました。
それから私は「こどもの居場所を作りたい」と思ったのです。もっと語りたいことがたくさんあるのですがもう文字数がないです(^^;語りだしたら止まらないんですよ。文章を書くのが苦手でまとまっていませんが、これから少しずつ語っていきたいなと思っています。ここまで読んでいただいてありがとうございました。これからもよろしくお願いします!
みなさんこんにちは。今回からちょこっとおしゃべりさせていただくことになりましたpenpenです。現在自分の道を探しつつ、東京でフリーターしてます。今年は教員採用試験にチャレンジします。今回は自己紹介がてら、今までの私の話をします。
私は親の仕事の都合で、転校が多く、仲のいい友達がなかなかできませんでした。小学生の頃は軽いイジメもあり、何度も学校に行くのが嫌だと言っていました。でもまぁ、それなりに楽しかったし、親は注射をしてでも私を学校に連れて行くような人でしたので、一度も休まずに登校しました。
中学は3年間同じ場所でしたが、ひどいイジメにあっていました。でもその頃は「登校拒否は負け。逃げたら負け」と自分に言い聞かせ、頑張りました。イジメのことはまた追って話をしますね。
高校時代、部活に励んでいましたが、初めての運動部でうまくいかず、3年のインターハイの直前に、チームの人とうまくやっていけなくなり、退部。つらかったなぁ。そのとき初めて登校拒否をしたのです。よりにもよって受験生の高校3年で拒否することないのにね(^^;人が信じられなくなってしまったのです。親友だと思っていた仲間からの「あなたとは3年間、無理して付き合っていたんだよ」という言葉、今でも覚えています。精神的に完全におかしくなってしまって、眠れない日が続きました。私は毎日学校に行くふりをしていつものように電車に乗り、駅周辺で時間をつぶしていました。
こんなんじゃいけないと、電話帳で検索して伊那の教育相談所に電話をしました。そこの先生方に自分の気持ちをぶつけて、その日から毎日そこに通うようになりました。これで勉強もできる。ずっと「登校拒否は逃げ」って思っていた自分が初めてばからしく思えた。「休んだっていいんじゃない?」って思えました。だって精神的に苦しんで、死んじゃったらどうしようもないじゃん。心の休憩、考える時期って必要だなと思いました。
この時が私のフリースクールとの出会いです。中学のときはそういう居場所なかったし、あることも知らなかったから。受験もあるし、クラスの友達が私を支えてくれたので高校3年生の生活後半はきちんと学校に通うことができましたが。
さて、受験はおもしろいくらい落ちましたが無事に私立の大学に入学。やる気が出なくて大学も拒否気味だった1年の頃、私は「東京シューレ」というフリースクールと出会いました。 こんな魅力的なところがあってもいいの??って私にとってすごく衝撃的な出会いでした。登校拒否の子どもたちって、暗くて、辛いかんじなんだろうなって勝手に思い込んでいたけど、ここの子どもたちはすごく生き生きとしていて、誰もが「学校に行っていたら今の自分はいないよ」と話してくれました。
それから私は「こどもの居場所を作りたい」と思ったのです。もっと語りたいことがたくさんあるのですがもう文字数がないです(^^;語りだしたら止まらないんですよ。文章を書くのが苦手でまとまっていませんが、これから少しずつ語っていきたいなと思っています。ここまで読んでいただいてありがとうございました。これからもよろしくお願いします!
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