親の声
不登校について思うこと2004年05月25日
Category: 親の声
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子どもが、中2になってまもなく、「私はもう学校には行かない。」と宣言して、不登校に入った。親にとっては突然だったが、本人にとっては、苦しさを抱えながら必死でやってきた末の限界だったのだと思う。
なぜもっと早く気がついてやれなかったかと悔やんだり、悲しくなったりした。不登校になりはじめの頃の子どもは、暗い顔つきで部屋にこもっていたので、心配で昼休みに勤め先からとんで帰ってくるような毎日だった。
不登校になって2週間位たった頃、中学校に行って担任や学年主任の先生とこれからのことを話し合った。私は、本人の意思を尊重して学校は休ませたいという意向を伝え、先生方もそれに同意して下さった。本人の意思を大事にしたいという気持ちに迷いがなかったのには理由がある。私自身が幼い時に、家族で引っ越した際、新しい土地で保育園に行き渋るという経験があったからだ。「行きたくない」と泣き喚いた時に、両親にものすごい勢いでおこられて、来る日も来る日も無理やり連れて行かれたのだ。2週間くらいで行き渋ることなく保育園に行くことができるようになって、一見、すっかり問題解決に見えただろうが、私はこのことで心に大きな傷を負った。小学校を卒業する頃まで、私はこのことを思い出すだけで、泣けて泣けて仕方がなかった。もちろん、両親にも友人にもそのことについて一言も話したことはなかった。そして、そのことは、すっかり遠い記憶になりやがて全く思い出すこともなくなっていた。自分のこの体験を思い出したとき、子どもが大きな不安と辛さのなかで親に命がけで助けを求めていることを実感した。そして、子どもが親に差し出した手を強く払いのけられた時の絶望感や無力感は計り知れないと思った。不登校を許されず、自分は無価値な者、条件付きでしか受け入れてはもらえない者として生きてきた私だからこそ、子どもをまるごと受け入れられず、無理を強いてしまったことが多々あることに気づく。しっかりと不登校をして、巣立っていった子どもは、もうすでに私を超えてしまったように思う。不登校は、それぞれ個人的な体験で同じものは1つとしてないと思うが、どれもみな成長の場となる可能性を持っている。(本人ばかりでなく、親や家族にとっても。)そんな体験にするためには、親の会などに参加をして、悩みを家庭だけで抱え込まないようにすることが重要だと思う。
私は、親の会でそれぞれの不登校のお話を聴き合ううちに、不登校をあれこれと分析、分類することに疑問を持つようになった。特に、怠学型という言葉など、全く大人からの視点だと気づかされた。どの子も見せている姿の奥で大きなストレスを抱え必死に助けを求めているように思えてならない。「怠け」という言葉で不登校を断罪することは、本人を責めたて、自己否定感を強めさせるだけだと思う。不登校の問題は、学校・家庭・地域社会のいろいろな問題を含んだ奥の深いものだ。少しずつでも知っていくことで、自分自身も社会も変容していけたらと思う。
子どもが、中2になってまもなく、「私はもう学校には行かない。」と宣言して、不登校に入った。親にとっては突然だったが、本人にとっては、苦しさを抱えながら必死でやってきた末の限界だったのだと思う。
なぜもっと早く気がついてやれなかったかと悔やんだり、悲しくなったりした。不登校になりはじめの頃の子どもは、暗い顔つきで部屋にこもっていたので、心配で昼休みに勤め先からとんで帰ってくるような毎日だった。
不登校になって2週間位たった頃、中学校に行って担任や学年主任の先生とこれからのことを話し合った。私は、本人の意思を尊重して学校は休ませたいという意向を伝え、先生方もそれに同意して下さった。本人の意思を大事にしたいという気持ちに迷いがなかったのには理由がある。私自身が幼い時に、家族で引っ越した際、新しい土地で保育園に行き渋るという経験があったからだ。「行きたくない」と泣き喚いた時に、両親にものすごい勢いでおこられて、来る日も来る日も無理やり連れて行かれたのだ。2週間くらいで行き渋ることなく保育園に行くことができるようになって、一見、すっかり問題解決に見えただろうが、私はこのことで心に大きな傷を負った。小学校を卒業する頃まで、私はこのことを思い出すだけで、泣けて泣けて仕方がなかった。もちろん、両親にも友人にもそのことについて一言も話したことはなかった。そして、そのことは、すっかり遠い記憶になりやがて全く思い出すこともなくなっていた。自分のこの体験を思い出したとき、子どもが大きな不安と辛さのなかで親に命がけで助けを求めていることを実感した。そして、子どもが親に差し出した手を強く払いのけられた時の絶望感や無力感は計り知れないと思った。不登校を許されず、自分は無価値な者、条件付きでしか受け入れてはもらえない者として生きてきた私だからこそ、子どもをまるごと受け入れられず、無理を強いてしまったことが多々あることに気づく。しっかりと不登校をして、巣立っていった子どもは、もうすでに私を超えてしまったように思う。不登校は、それぞれ個人的な体験で同じものは1つとしてないと思うが、どれもみな成長の場となる可能性を持っている。(本人ばかりでなく、親や家族にとっても。)そんな体験にするためには、親の会などに参加をして、悩みを家庭だけで抱え込まないようにすることが重要だと思う。
私は、親の会でそれぞれの不登校のお話を聴き合ううちに、不登校をあれこれと分析、分類することに疑問を持つようになった。特に、怠学型という言葉など、全く大人からの視点だと気づかされた。どの子も見せている姿の奥で大きなストレスを抱え必死に助けを求めているように思えてならない。「怠け」という言葉で不登校を断罪することは、本人を責めたて、自己否定感を強めさせるだけだと思う。不登校の問題は、学校・家庭・地域社会のいろいろな問題を含んだ奥の深いものだ。少しずつでも知っていくことで、自分自身も社会も変容していけたらと思う。
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