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 あれから10年程になります。長かったのか、短かったのか、とにかく無我夢中で過ごしてきました。

 長男が登校を渋りはじめたのは中学になってはじめての部活動の時でした。まあ夏休みの部活だし、二学期が始まれば大丈夫だろうと軽く考えていました。ところが二学期が始まると、部活どころか学校そのものをいやがるようになっていきました。今考えてもその時の不安やあせりは重くのしかかってきます。

 朝、今日はちゃんと学校へいくだろうかと期待し、やっぱりダメかとなると、ふとんからひっぱり出し、おこったり、なだめたりとしながら、学校へ送り届けました。時には時間割をあわせてやり、くつ下まではかせる始末でした。今考えれば恥ずかしくバカなことをしたとは思いますが、その時は必死でした。そしてその時は、担任の先生だけが私の命づなでした。

 そんなこんなで二学期が終わり、三学期になると先生もあせってもしょうがないし、三学期は短いのでゆっくりやっていきましょうと言ってくれました。その頃から長男の様子が少しずつ変わっていきました。

 手を一日に何回も洗うようになり、イライラとし、ティッシュの箱は常につぶれており、新聞はくしゃくしゃにやぶいてあったり、電話帳はまっくろに書きつぶしてありました。きがえを特にひどいときは1時間ごとにきがえていました。台所でイライラと何回も手をあらう息子のうしろ姿に包丁を思わずにぎりしめたことは1回や2回ではありません。

 友人に紹介してもらった教育相談の先生のところではっきりと月単位 ではだめで、年単位になりますと言われました。ショックでしたがこれで私はかえって腹がすわり、「学校へはもう行かなくていいよ」と言うことができました。

 後の高校へ出す作文で息子は、そのことばにびっくりし、とまどったということが書いてありました。それからは家の中であばれたり、死んでしまいたいとなげいたり、希望のない日々が続きました。

 今思い出しても、あの時の息子の目つきはゾッとします。もちろん今の彼のおだやかな顔をみると夢のようです。

 自分自身もカウンセリングをうけたり、講演会に行ったり、また同じ仲間とグチったり、アドバイスをもらったりと、いろんな事をしてきました。一生このままかと不安になったり、絶望したり、そんな日々でしたが、それでも昼間定時制の高校へ通 い卒業しました。その同じ仲間とであい、多少にしろ楽しい高校生活を送ったと思います。

 そして私自身も強くなり、多くの仲間と出合い、今では良い経験をしたと感じています。本当にいろんな人に助けてもらいました。人間が生きていくのには、いかに多くの人の手をかりているか。たとえそれが一回だけの出合いであっても、それが大きな助けになるか実感しています。まだ我家では問題が解決したわけではありません。でもこの10年をふりかえってみれば人間として母親としていい勉強をさせてもらったと思っています。

 子どもにとってはつらい経験であり、これほど長い苦しみになるとは思わなかったと思いますが、それでも小さな幸せを感じ、ゆっくり生きていく大切さを感じてくれたらと思っています。