若者の声
信じること2007年05月25日
Category: 若者の声
投稿:いくみ/
私が不登校になったきっかけは、中学二年生の秋のこと。
それまで仲良しだった友達数人から呼び出しをされて、気に入らないと言われた。
それから毎日、無視をされる日々が続き学校を休みがちになった。
小学生の頃から活発で勉強も運動も大好きな子供だった。学級長や委員長をやることも多く、天真爛漫ではあったけれど、気が強いところもあったので、そのあたりが友達からすれば気に入らなかったのかもしれない。
先生が心配をしてカウンセリングをしてくれることもあったけれど、いくら私のカウンセリングをしてくれたところで無視をしてくるのは友達の方なので全く問題の解決にはならなかった。どうしていじめた方ではなく、私ばかりが先生に呼び出されるのかと辛かった。
仮病を使って学校を休むようになり、そのうち両親にいじめられていることを伝えた。
母は「そんなに辛いならもう学校へは行かなくていい」と言ってくれた。その言葉に心底ホッとしたのを今でも覚えている。それから中学三年の一年、16歳の一年の二年間、ひきこもり生活を続けた。
ひきこもりをしている間、通信教育で勉強をしたり、詩やピアノの通信教育をしたりして好きなことをしていた。もともと勉強することが好きだったので、中学を休んでいた間の勉強は一人ですることができた。でも人に会うことが恐くて仕方なかった。表に出れば普通に高校生になった同級生達の姿を見ては、悲しい思いをした。いじめをした人のことも相当恨んだ。私がこんなに苦しんでいるのに普通に生活していることが許せず復讐したいと思ったこともあった。そんな毎日の中、手紙をくれた友達、何も言わずに側にいてくれた両親、いとこがいた。そして時間がたつにつれ、いじめをしてきた人に対する本当の復讐はその人より幸せな人生を送ることだと思った。それを機に大検の予備校に通うことを決めて社会復帰の第一歩を踏み出した。
大検の勉強も楽ではなかったが、ひきこもり生活にもう戻りたくないという気持ちと大学へ行きたい一身で勉強して18歳で大検を取得することができた。その間、友達も出来てバイトや英会話にも行き、充実した日々を送ることができた。そして、英会話を生かしてイギリスへ1ヶ月ホームステイに行き、大学へも進学した。ちょうどその頃、母に言われたことが今でも心に残る。「いつか前のいくみに戻ってくれると信じていた。」思えばいつでも何かをしろとか言うのではなく、ただ黙って私を信じていてくれた両親がいた。
不登校やひきこもりの子供を受け入れて、ただ信じるということは容易ではなかったと思う。将来の不安も相当あったと思うけれど、本来の私自身の姿を両親は知っていた。
天真爛漫で好奇心旺盛の本当の私を信じていてくれたことを今でも感謝している。
そしていじめた人より幸せになって復讐しようという気持ちもどこかへ消えて、今を楽しんで生きるようになった。
いじめから15年の月日がたつ。今は建設会社に就職し、7年目。インテリアコーディネーターの資格をとって仕事をしている。友達もたくさんできて、今でも両親は最高の理解者で応援団。やりたいことをいつでも応援してくれる。これからも自分を信じて人生をいろんな色で描いていける。
今回、これを書かせていただいたのは、子供達と交流することのきっかけになればと思い書きました。私自身まだまだ成長したい、生涯学び続けたいという気持ちがあり、子供達とふれあうことで成長することができると思っています。いじめや不登校、ひきこもりはそれぞれ環境が違うので解決法は一つではありませんが、私の経験が少しでも何か解決法のヒントになればと思います。
私が不登校になったきっかけは、中学二年生の秋のこと。
それまで仲良しだった友達数人から呼び出しをされて、気に入らないと言われた。
それから毎日、無視をされる日々が続き学校を休みがちになった。
小学生の頃から活発で勉強も運動も大好きな子供だった。学級長や委員長をやることも多く、天真爛漫ではあったけれど、気が強いところもあったので、そのあたりが友達からすれば気に入らなかったのかもしれない。
先生が心配をしてカウンセリングをしてくれることもあったけれど、いくら私のカウンセリングをしてくれたところで無視をしてくるのは友達の方なので全く問題の解決にはならなかった。どうしていじめた方ではなく、私ばかりが先生に呼び出されるのかと辛かった。
仮病を使って学校を休むようになり、そのうち両親にいじめられていることを伝えた。
母は「そんなに辛いならもう学校へは行かなくていい」と言ってくれた。その言葉に心底ホッとしたのを今でも覚えている。それから中学三年の一年、16歳の一年の二年間、ひきこもり生活を続けた。
ひきこもりをしている間、通信教育で勉強をしたり、詩やピアノの通信教育をしたりして好きなことをしていた。もともと勉強することが好きだったので、中学を休んでいた間の勉強は一人ですることができた。でも人に会うことが恐くて仕方なかった。表に出れば普通に高校生になった同級生達の姿を見ては、悲しい思いをした。いじめをした人のことも相当恨んだ。私がこんなに苦しんでいるのに普通に生活していることが許せず復讐したいと思ったこともあった。そんな毎日の中、手紙をくれた友達、何も言わずに側にいてくれた両親、いとこがいた。そして時間がたつにつれ、いじめをしてきた人に対する本当の復讐はその人より幸せな人生を送ることだと思った。それを機に大検の予備校に通うことを決めて社会復帰の第一歩を踏み出した。
大検の勉強も楽ではなかったが、ひきこもり生活にもう戻りたくないという気持ちと大学へ行きたい一身で勉強して18歳で大検を取得することができた。その間、友達も出来てバイトや英会話にも行き、充実した日々を送ることができた。そして、英会話を生かしてイギリスへ1ヶ月ホームステイに行き、大学へも進学した。ちょうどその頃、母に言われたことが今でも心に残る。「いつか前のいくみに戻ってくれると信じていた。」思えばいつでも何かをしろとか言うのではなく、ただ黙って私を信じていてくれた両親がいた。
不登校やひきこもりの子供を受け入れて、ただ信じるということは容易ではなかったと思う。将来の不安も相当あったと思うけれど、本来の私自身の姿を両親は知っていた。
天真爛漫で好奇心旺盛の本当の私を信じていてくれたことを今でも感謝している。
そしていじめた人より幸せになって復讐しようという気持ちもどこかへ消えて、今を楽しんで生きるようになった。
いじめから15年の月日がたつ。今は建設会社に就職し、7年目。インテリアコーディネーターの資格をとって仕事をしている。友達もたくさんできて、今でも両親は最高の理解者で応援団。やりたいことをいつでも応援してくれる。これからも自分を信じて人生をいろんな色で描いていける。
今回、これを書かせていただいたのは、子供達と交流することのきっかけになればと思い書きました。私自身まだまだ成長したい、生涯学び続けたいという気持ちがあり、子供達とふれあうことで成長することができると思っています。いじめや不登校、ひきこもりはそれぞれ環境が違うので解決法は一つではありませんが、私の経験が少しでも何か解決法のヒントになればと思います。
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