投稿:長月 風/

はじめまして。
私は中2~3まで不登校でした。もうあれから5年がたったんだと思うと信じられない気持ちになります。
 ある朝・・・ 起きれませんでした。目は覚めていて、思考は働いていました。“起きなきゃ”って思いました。でも、ダルくて起きられませんでした。“怒られる”って怯えました。

 体調が悪い訳でもないのに、学校に行かないなんて、普通じゃないし、そんなのはズル休みで、悪いことだと思いました。それでも、一日だけと思って休ませてもらいました。そんな始まりかただったと思います。2~3日行って休むを繰り返して、だんだん行かなくなりました。

 朝、家族の慌ただしい声を聞きながら、布団に潜り込んで、無理矢理目を閉じて、罪悪感をたえてました。なんで、私はここにいて学校に行かないんだろ?きっと、怒られる。お父さんは普通じゃない私を、悪い事をしている私を、きっと怒鳴るんだ。そう思ってました。
 でも、私が学校へ行かない事について、両親は一度も怒りませんでした。両親は、“学校へ行かない私”を早いうちに受け入れてくれました。一番学校へ行かない事を受け入れられなかったのは、私自身だったと思います。自分自身がしてる事なのに受け入れられなくて、憤って、嫌で、自分を消してしまいたかった。
 でも、両親が受け入れてくれて、お母さんが「まぁ、しょうがない」ってなんでもないように言ってくれて。私は、許されたように感じました。それでも不安になると、お母さんに同じような事を聞いて。私は、何回も許してもらいました。だから、私もそういう私を受け入れられて。まぁ、こんな自分もアリかなぁって思えるようになりました。

 子どもにとって、親は大きな存在です。“愛されたい”“嫌われたくない”って思ってます。口に出さなくても、親や先生の、期待や気持ちを感じとって。それにこたえようと頑張っています。いい子だと思って欲しいくて、褒めて欲しくて。頑張って頑張って、疲れて力が抜けちゃった子たちを…。私は、受け入れて、許してあげて欲しいです。休ませて力が湧いてくるまで、待っててあげて欲しい。きっと、その子たちが自分自身を責めて、苦しんでいるから。大丈夫だよって、言ってあげて欲しい。こういう気持ちは、不登校の子にかぎった事じゃないと思います。大人も、子供も関係なく。人間だれもが、誰かに受け入れてもらいたいと、思っているのではないでしょうか。

 私にとって、あの時両親からもらえた安心感は、確実に私の力になっています。中学を卒業後、私は全寮制の高校を選びました。その学校は、不登校や保健室登校をしていた子、中退した子を受け入れている高校でした。自分のように悩んできた子たちなんだなぁって思うと、ちょっと安心しました。みんな、それぞれに悩みを持って生きてるってことが感じられ。寮の中で、どうやったらみんなが気持ちよく過ごすことができるか、いろんなトラブルが起こるたびにミーティングを開いて、一人ひとりが自分のこととして考えることはとてもいい経験になりました。 
 何より、3年間一緒に生活をした友達とは、とても深い絆を作る事ができました。今の私があるのは、確実にこの高校に行ったからだと思います。親だけではなく、私という人間を受け入れてくれる、友達や大人の中で過ごした3年間は、とても幸せな時間で。私の宝物です。
 高校卒業後、専門学校に行き。今年の3月に卒業しました。 今は、その専門学校で助手として働いています。不登校だった私が、今は学校で働いているっていうのも…なかなか不思議なモノですね。不登校は、私の人生の大きな転機だったと思います。不登校にならなければ、会わなかった人がいっぱいいるし。大切な友達ができる事もなかったかも知れない。
 あの時は、苦しかったし、両親を悩ませて、喧嘩もいっぱいさせて、悪い事ばかりのように思ったけど。ここで振り返ってみると。悪い事なんてなにもなかったように思えます。中学のころ。群れずに一人で立つ事が強さだと思っていました。“人は一人では生きていけない”と言うけど、私にはできると思っていました。でも、それはただ人を拒否して、自分を守っているだけだと、気がつきました。
 本当は、一人で生きていくより、人の中で生きていくほうが、傷つくコトも、傷つけるコトもあって、難しい事で、心の強さが必要なんだと今は思います。いつだって、全てが上手くいってるなんて事はなくて。同じような気持ちに囚われて、悩んだりイライラしたりしていますが。
 いつか振り返ってみれば、あの時があるから、今があるんだと思えるのではないでしょうか。全ての人が自分らしく生きられるよう、お祈りしています。