現場の声ということで、まず、上伊那子どもサポートセンターの活動の様子をパワーポイントで説明させていただき、現在の課題をコーディネーターの北原さんが発表しました。そのあと、戸枝が不登校支援策への願い、要望等を述べさせていただきました。
以下は、その発表原稿です。


 私は、7年前に県教委の打ち出した「子どもサポートプラン」の事業開始当初から不登校の子を持つ親としてサポートセンターに関わってきました。サポートセンター設立からの3年間は、上伊那子どもサポートセンターの代表として、その後は事務局を担当し現在に至っています。

 それでは、少しお時間をいただいて、子どもが不登校を経験した親として、また、自助グループ『親の会』の世話人として、また、民間の支援活動に携わる者としてお話させていただきます。

 福祉の分野では、当事者参画という支援体制が徐々に整いつつありますが、不登校支援においては、まだまだ当事者不在の支援体制だと言わざるを得ません。支援の評価は、文部科学省や教育委員会が決めることでも、ましてや不登校児童生徒数の数値で決めることでもなく、支援を受ける当事者によってはじめて評価されるべきものでなければなりません。ここでいう当事者の定義ですが、当事者とは、不登校の子どもたちのことであり、いくら一緒に苦しんだとしても、親も当事者にはなり得ません。

 なぜ、不登校支援に当事者の参画が難しいかといえば、今苦しんでいる子どもたちは、その苦しさを語ることはができない場合がほとんどだからです。自分に向けて行われるさまざまな支援に対しても、その善し悪しをフィードバックすることも、どう伝えて良いのかもわからない程に混乱していることも多いと思います。多くの子どもが、何年もたってから自分の不登校の苦しさ、絶望感、陰湿ないじめの体験等をやっと語ることができるようになるくらい、心に深い傷を受けています。
このように、不登校の真っただ中で苦しむ、声なき声を代弁する役割として、当事者の本当のニーズに応える支援にしていくために、不登校の当事者にもっとも近いところにいる、不登校体験者、不登校の子を持つ親の会が基盤になっている民間団体が不登校支援に参画することがいかに重要であるかご理解いただけることと思います。

 また、不登校の多様化が言われるようになり、不登校の子どもたちの中に発達障害の子どもの比率が高いと言われていますが、発達障害だから不登校になるのではなく、日常的に受けるクラス内でのいじめ、からかい、親や教師からの叱責、皆と同じことができないコンプレックス、それらによって失われていく自己肯定感といったことで起こる、二次障害としての不登校であり、心の傷の深さは、従来の不登校となんら変わりがないと私は思っています。

 不登校の子どもや家族は、支援する行政・学校・医療の側の方々からみると支援の対象者にしか見えないと思いますが、不登校を通して仲間と出会い、親の会で学び合い、どん底から立ち上がり、不登校のわが子を受容してきた親たちは、エンパワーされ、支援されるだけではなく、相互に支援し合うコミュニティーを創る役割を担う者になっていきます。    
ライフワークとして親の会を継続していくのも、孤立し、途方に暮れた体験を持つ者として、今苦しんでいる親御さんに手を差し伸べずにはいられないからです。

 さて、県下各地のサポートセンターの皆さんの思いや願いを代表してお願いします。
今年度でネットワーク整備事業が終了することで、来年度以降、サポートセンターの活動が続けられるか不安は募るばかりです。現在支援している子どもたちや親御さんの中にも動揺は広がっています。

サポートセンターに委託されている金額は、支援事業全体からみたらほんの少しの額に過ぎません。どうぞ、長野、上田、佐久、松本、上伊那、諏訪、飯田のサポートセンターを「当事者参画」による支援体制ととらえて、県教委が明確に来年度からの新たな支援策に位置付けてください。そして、さらに積極的な連携協働にご尽力いただけたらこんなに心強いことはありません。
 
重ねて言いますが、当事者の視点を持たない支援はあり得ません。当事者参画こそ、重要な支援の要であり、長年の不登校問題の課題解決に向けて本腰を入れて歩み出しができるかどうかがここにかかっているといっても過言ではありません。

報道の皆さまにもお願いします。どうぞ、そのことを長野県民の皆さんに広く深くお伝えください。よろしくお願いします。