春日幸雄/パカパカ塾 塾長

「怖い」を乗りこえる
日課のなかに、馬のブラッシングと馬の脚を持ちあげて爪の裏掘りがあります。
この爪の裏掘りが難関です。
前脚は比較的簡単に馬はさせますが、後ろ脚になると「脚をあげない」「あげても蹴っていやがる」——挙句には、上げさせようとする子へ尻を向けて蹴ろうとします。
こうなると、子どもは近くで茫然となり「怖い」「できない」となってしまいます。
子どもが成長するなかで、この「怖い」に直面・体験し、それを自力で乗りこえるという体験は、そんなに多くはないと思います。
水泳がそうです。水の中で目を開ける。体に力が入ってしまうと浮けない。これこそは大人は手伝えない。自分の力だけで覚えていく。悪戦苦闘の末、自然に浮けるようになる。
この時、子どもは心のなかには、今までとは質の違った自信が生まれる。
この自信は、自分を動かす大きなものになると考えています。
乗りこえた時に「人が変わる」と考えてもよい位大きなものになっていると言っても過言ではないと思っています。
さて、「馬が怖い」という恐怖感を抱いた子どもたちはどうなるでしょうか。
馬にも性格があります。
やさしくおとなしい馬から気性の激しいものまで。
子どもたちは、やさしくおとなしい馬に集中します。
気の強い子は、おとなしそうな子に荒い馬の手入れを言いつけて、自分はやさしい馬にとりつこうとする現象まで表われてきます。
全員がやさしい馬に集中されたのでは、他の馬の面倒が見れません。
ここで、私は子どもたちに救われるのです。
子どもたちが、四〜五人の集団をつくっていれば、そのなかには「怖いがやってみよう」という好奇心の強い子が必ずいます。
みんなが怖がって引いてしまうということはないのです。
「好奇心の強い猿が人間になった」とも言われていますが、こうしたこどもたちにやり方を教えていきます。
「極意」は簡単です。
「怖かったら、もっと馬の側へ寄れ」です。
怖いと感じている子は、みんな馬の側から離れた場所で、恐々脚を持ちあげようとします。
だから、たまに持ちあげても、馬の脚を持って横に引っぱってしますことになるから、馬はバランスをくずされるので、余計に嫌がって「よせ!」とばかりに蹴って脚をおろそうとするのです。
この理屈を説明しても「怖い」を強い先入観でもっている子にはわからず、同じことの繰り返しになってしますのです。
ところが、好奇心の強い子は、この道理がすぐのみこめ、ぐっと自分の体を馬に押しつけるようにして爪の手入れをしてやります。
すると、不思議に馬は動かずに手入れを受け入れるのです。
こうした活動が何回か重なるなかで、馬との呼吸も体で覚えていってくれます。
この時、新たな動きが子どもたちの中に生じます。
「○○ちゃんができた。私もやってみよう」
「私だってがんばってやるぞ!」
という競争心です。
次々に挑戦していく姿が見られるようになります。新たな馬への挑戦も始まります。
人類が進歩・進化する時の原型は、ここにあるんじゃないかとさえ感じます。

 子どもたちにとって「自分よりはるかに大きな怖いポニーを御せた」と思えた時のよろこび——これはかなり大きく深いものだと子どもたちの姿から学ばせてもらっています。
できた時の子どもたちの笑顔は違います。
安堵であり、はにかみであり、充実感一杯です。みんながみんなこんな顔を見せてくれるのです。“ゆとり”さえ感じさせてくれます。
先にできた子が、今できた子を暖かく認める場面もでてきます。
お互いに同じ境地で触れ合っている瞬間でもあるのでしょう。

 ここで、残念なことがあります。
この「怖い!」と感じたことが大きな抵抗となり「パカパカ塾を辞めたい」となり、遂に辞めていった友だちが何人か出てしまったことです。お母さん方には特に言うのです。「今が一番大事な時です。今踏んばれないでいつ分踏んばるのか!」と。
  その子によって時間はかかっても、必ず乗り越えられる課題でもあるし、「乗り越えさせるためにあるぱかぱか塾」と思うと残念で仕方ありません。

つづく