北原 明/前伊那市教育長

 2003年に県教委が打ち出した『子どもサポートプラン』によって生まれた「上伊那子どもサポートセンター」ですが、北原明教育長には発足準備会の時から今日までずっと支えていただきました。行政と民間との連携協働という新しい社会のしくみづくりをどのように推進していくかということは、まだまだ模索中ではありますが、そんななか、こうして上伊那子どもサポートセンターが活動を継続して来られたのは、北原明教育長の懐(ふところ)の広さと深さによるところが大きかったと思います。「地域づくりは人づくり」といいますが、この7年間、活動を通して育てていただいたことにスタッフ一同、心より感謝を申し上げます。5月を持って伊那市教育長を辞されました。今後ともどうぞよろしくお願いします。       



よくテレビの街頭インタビューなどで、若者たちにどういう人を伴侶に(あるいは理想の男性女性)としたいかをたずねると、答えは殆ど決まって「やさしい人!」と返ってくる。そういう光景には私などはいささか臍まがりに混ぜ返したくなる。「本当のやさしさってわかっているのかい?」と。「やさしさ」いうステレオタイプの答えと、電車の優先席でお年寄りが傍に立っているのに平然と長い脚(どうせこちらは昔の単純の短足種だ!)をどたっと投げ出して座っている姿とがダブってしまうのだ。それにハンコを押したように、みんな同じ答えというのはどういうわけなのか?もっと自分独自の語彙なり表現はないのかなぁという嘆きでもある。
 
 もうひとつ気になる新聞記事があった。この記事だけでなく、毎日目や耳を覆いたくなるようなことが多いのだが。この数年、乗客たちの駅員に対する暴行暴力が増えているというのである。昨年は、869件、ここ3年間最多記録を更新し続けているとか。殴られて重症を負うケースもあるようだ。このニュースは、卑劣さが腐臭を放つようで一層やりきれない。つまり、相手は、駅員で多分抵抗できない、反撃してこないだろうという暗黙の前提があって、「弱い者」に対して自分のストレスや憤りをぶつけていく。
 
 こうした日本の社会の日常的な劣化の進行を考えてみると「やさしさ」を求める若者たちの言い分もあながち身勝手ばかりとも言い切れない。「やさしさ」を誰もが求めるのは、それが欠乏している現実の裏返しなのであろうとも言える。無論、「やさしい人」というのは、一方的に自分だけにやさしくしてくれればいいということであって、社会的弱者へのやさしい眼差しというような遠近図法は持たないかもしれない。
 
 話は飛ぶが、一昨年あたりから「年越し村」を組織し、職を失って寝る家もない人々の救済に活躍してきた湯浅誠さんという方を私は尊敬している。学生時代からホームレスの人々の支援に取り組んできて、今もそうした運動を続けておられる。若者とお呼びするには、少しはばかられるほどの年令だと思うが、彼は、今の日本の社会は貧困化が進んでいて、セーフティーネットのない社会(救済の手立てがない社会)である。したがっていったん職を失うと(派遣切りなど)、とめどなく転落してしまう構造を指摘している。それを自己責任というような論理で切り捨てられる事は許されない。彼は、政治家や官僚が発想すら持ち得なかった「年越し村」を立ち上げて支援を実践した。残念ながら既成政党のどこも湯浅さんのような発想と行動を現実化し得なかった。「年越し村」の形は、無論根本的な問題解決にはならない。しかし、問題の所在を世間にアピールしたという点で日本の社会を揺さぶった。彼のような強靭な知・問題意識・人間愛に支えられたやさしさこそが本物のやさしさであろうと私は考える。
 
 もうひとつ大きな社会的問題がある。少子高齢化もしかりだが、とりわけ最近感じるのは、不登校や発達障害に悩み苦しむ子どもたちにとっては、生きずらい(生きにくい)社会であるということ。もちろん保護者や家族にとっても。虐待に関しても、座視できない状況である。陰湿ないじめも後を絶たない。加えて前述のように、ここ数年はっきりしてきている格差社会の広がりが、その生きにくさをより深刻なものにし、複雑化させているということがある。「自己責任」というような議論は全く無責任としかいいようがない。もはや親や家族の努力だけでは、どうしようもない限界にきているケースが多い。政府や自治体の支援(社会保障)がより強力によりきめ細かくなされる必要を、教育行政の場で痛切に感じさせられたものである。
 
 議論はいろいろあって当然だが、私は例の子ども手当や高校授業料無償化といった政策には全面的には賛成しかねる。やはり、一定レベル以上の所得がある家庭にまで均等に保障するのではなく、その分の財源を是非とも生きにくさの壁に直面している子どもたちへの制度的な支援に回すべきではないだろうか。
 と同時に、すべて行政に任せるという意見にも与するわけにはいかない。なぜなら、困難を抱えた一人ひとりの子どもたちは、100人いれば100様の個性があり、問題の重さの程度が違う。やはり行政と子どもたちの隙間を埋めていくのは、親や保育園・学校の先生やしばしば専門家としての医師やカウンセラーや相談員などであり、ボランティアの皆さんである。
 
 子どもサポートセンターが、県の不登校対策事業に関わって発足してからすでに7年が経過している。行政だけではこの事業は推進できない。身近な存在の子どもさんたちが不登校となり、悩み苦しんだ経験を持つ、あるいは現に悩んでいる親の会の皆さん、早くからこの問題に心を寄せ取り組んできた様々な皆さんが中心となり、組織を立ち上げて取り組んで来られたことに感謝と敬意を捧げたい。初めの頃は、「不登校になったことは悲しいことではない、今の学校の制度疲労に対して子どもがよく反応しているのだから、むしろ喜んでいい」というようないささか乱暴な意見もあった。疲れはてた親に対する激励のメッセージのつもりではあろうが、そう言ってみたところで救いにはならないと思ったことである。また、行政の方で中間教室を設置していることへの批判もあった。「結局学校へ戻すことが最善だという発想でしかない。学校の枠から抜け出せないではないか」というような議論である。しかし、7年という歳月の間に、中間教室とサポートセンターの関係についても補完しあい連携しあう関係へと次第に調整が進んでいったと私は振り返っているところである。今後も子どもたちのために一層の連携が期待される。ただ一つ気がかりなのは、今度の県の不登校対策事業では内容に対するしばりがあり、事務所を借りたり人件費的なものへの予算は一切認められそうもないということである。サポートセンターに関わる皆さんで知恵を出しあい、乗り越えていかなければと感じている。
 編集の方から求められて急いで書いてみたが、どうももう一つ当事者の切迫感に欠けていて評論家風な文章であることを恥じ入るばかりです。