学校が地域をつなぐ2010年06月30日
Category: リレーコラム
大村洋一/NPO法人伊那谷自然楽校 理事長
卒業式の季節である。次男の小学校卒業当時、私はPTA学年部長だったこともあり、卒業式で謝辞を述べる立場にあった。「PTCAという言葉があります。PTAは親と教師とが作る組織ですが、PTCAはそれにCが、つまりコミュニティという地域とのつながりが加わることで、よりよい学校に育っていけるという考え方です。私たちの子どもが巣立っても、地域で自慢できる小学校であり続けて欲しい。これからも私たちは学校を支援していきたいと考えます。」このような趣旨の謝辞を述べた。
伊那谷自然楽校は今年4月から伊那市新山地区にある「新山荘」に移転する。そして、その新山荘をあらたな事務所兼活動拠点とする。
新山地区は健全なコミュニティが今も色濃く残っている。それが新山荘という使用しなくなった市の施設を借用できるようになったこと以上に私たちが移転することになった理由だ。昭和中期頃から子どもの健全育成を目的として、新山地区全戸が学校PTAに加入しているということにも表れている。
しかし、山間の地区にありがちな若い世代の流出とともに児童数の減少に歯止めはかからず、地区の方々は危機感を持って、2006年「新山の保育園小学校を考える会」を設立した。それでも09年には新山保育園が休園となり、小学校も存続が危うくなってきている。現在の新山小学校は小規模特認校の認定を受け、学区外の伊那市内から児童の受け入れを開始し、数名の学区外児童が通学している。
私はなぜ児童数の確保なのだろうか、なぜ小学校存続がなくなることを危機と感じるだろうかと考えた。実はそれ自身が危機でなく、小学校を柱とした地域コミュニティが小学校の消失により崩れることに危機を感じているのではないかと思う。
伊那谷自然楽校は早ければ11年度からの「山村留学」の検討を始めている。新山地区の方々はこの「山村留学」に児童確保という大きな期待をかけている。しかし、私はその前に地域に生きることの意味をコミュニティの存続という見方から「山村留学」をテーマに考えていきたい。それが生きやすい希望のある地域につながるのではないかと思うからである。
2010年3月31日付け
読売新聞長野版コラムより
次の記事:「居場所」から「行く場所」へ卒業式の季節である。次男の小学校卒業当時、私はPTA学年部長だったこともあり、卒業式で謝辞を述べる立場にあった。「PTCAという言葉があります。PTAは親と教師とが作る組織ですが、PTCAはそれにCが、つまりコミュニティという地域とのつながりが加わることで、よりよい学校に育っていけるという考え方です。私たちの子どもが巣立っても、地域で自慢できる小学校であり続けて欲しい。これからも私たちは学校を支援していきたいと考えます。」このような趣旨の謝辞を述べた。
伊那谷自然楽校は今年4月から伊那市新山地区にある「新山荘」に移転する。そして、その新山荘をあらたな事務所兼活動拠点とする。
新山地区は健全なコミュニティが今も色濃く残っている。それが新山荘という使用しなくなった市の施設を借用できるようになったこと以上に私たちが移転することになった理由だ。昭和中期頃から子どもの健全育成を目的として、新山地区全戸が学校PTAに加入しているということにも表れている。
しかし、山間の地区にありがちな若い世代の流出とともに児童数の減少に歯止めはかからず、地区の方々は危機感を持って、2006年「新山の保育園小学校を考える会」を設立した。それでも09年には新山保育園が休園となり、小学校も存続が危うくなってきている。現在の新山小学校は小規模特認校の認定を受け、学区外の伊那市内から児童の受け入れを開始し、数名の学区外児童が通学している。
私はなぜ児童数の確保なのだろうか、なぜ小学校存続がなくなることを危機と感じるだろうかと考えた。実はそれ自身が危機でなく、小学校を柱とした地域コミュニティが小学校の消失により崩れることに危機を感じているのではないかと思う。
伊那谷自然楽校は早ければ11年度からの「山村留学」の検討を始めている。新山地区の方々はこの「山村留学」に児童確保という大きな期待をかけている。しかし、私はその前に地域に生きることの意味をコミュニティの存続という見方から「山村留学」をテーマに考えていきたい。それが生きやすい希望のある地域につながるのではないかと思うからである。
2010年3月31日付け
読売新聞長野版コラムより
前の記事:泣いて、話して、笑って・・・ 親の会はいつだって新鮮
Back to top



