北澤 康吉/ロジャース流カウンセラー

私たちは当たり前ですが「今、ここ」を生きております。しかし、時々「今、ここ」がひどく辛く苦しくなることがあります。それでもそこを生きていかねばならないので、その辛さ、苦しさを別の場所にずらして吐き出そうとします。「過去」の何かに辛さ苦しさを置き換えることもあります。「未来」のことがひどく不安や恐怖になることもあります。

「もう過ぎちゃったことじゃないの」「これからのことを今から心配してもしょうがないじゃないの」と、つい周囲の者は言ってしまいます。しかし、実は「今、ここ」での辛さ・苦しさをそんな形で吐き出しているわけですから、あくまでも「今、ここ」でのこととして大事に聴かなければなりません。「どうしても拘(こだわ)っちゃうんだよね」「どうしても心配になってしまうんだよね」といった風に。

同様に「ここ」での辛さ・苦しみを、別の行動や症状・体調不良という形で吐き出すこともあります。このことは今までずっと述べてきたとおりです。アトピーになって出ることもあります。脱毛になることも、頻尿になることもあります。あるいは何かにひどく拘るいわゆる強迫性障害(強迫神経症)になることもあります。あるいは訳も分らず攻撃的になったり暴言を吐いたりすることもあります。

同じ「今」でありながら、場所を変え、姿を変えた吐き出しです。そこには「人」という生き物の何とも言えない健気さを感じさせられます。「今、ここ」を如何に滑らかに、無理なく、周囲に優しく通り抜けられるか。どんなにいろいろ辛く苦しくても、それが滑らかに出来るか。そのための方便として心と身体は未来にずらして吐き出したり、過去に事寄せて吐き出したりします。あるいは現在でありながら、行動、症状、夢という形で。

周囲の大事な人たちはその「仮の姿」に振り回されずに、「今、ここ」での苦しさがそうさせているのだ、本人すらそれと気づかずにそうしているのだ、というところでそれを聴き、対応するのが大事なのだとつくづく思わされております。