北原学人さん/マン・ツー・マンの学習塾主宰

? 不登校状態についての私論
 ところで、私は不登校状態を、「学校へ行かなければならない」という意識的な部分をアクセルと考え、「行きたくない」という自己防衛的な無意識の部分をブレーキと考えると、その両方を同時に目一杯踏み込んでいる状態のように理解しています。だから、そんなことを続けていたら、きっとこわれてしまいかねないと思うのです。
 ですから一旦「行かなければならない」というアクセルを離して、人間本来の基本的な姿にもどる必要があると思うのです。それを可能にするのが、「本来のひきこもり」ではないでしょうか。そしてあとは、無意識のブレーキが利かないような、上手なアクセルの踏み方を少しずつしていけばいいのだと思います。最初はブレーキもかなり過敏になっていますが、時間の経過とともに正常に戻ってくるはずです。ですから不登校の子への学習支援は、いわば学力をつけるということに主眼があるのではなくて、本当は「勉強しなければならないから、勉強する」ということから「勉強したいから、勉強するのだ」という生き方に変えさせていくことに主眼があるのではないかと思うのです。たてまえと本音が一致して、学習に取り組めるように、気長につきあっていくことが必要だと思います。

? 小さな塾の大きな夢
 最後に、ある子が塾を旅立っていく時に、一通の手紙を残してくれましたので、許可を頂いて、皆さんに前半部分だけ、ご紹介いたします。
 「学人先生、春が来て暖かくなってきました。先日私も中学校を無事に卒業して大きな仕事を一つやり終えたようなそんな気がしています。学人先生と勉強を始めたのは、もう2年前になるんですね。今思うとあっという間の2年でした。でも色んな事を考えて、頑張ってきた期間でしたから、本当に沢山の事がギュッとつまった充実した2年間を送れたことをうれしく感じています。(後略)」
 私は、勉強も中途半端で終わってしまったし、塾の内容としても、お茶を飲んだりおしゃべりしながら、のんびりとやってきていたので、「沢山の事がギュッとつまった充実した2年間」だったという彼女の言葉に驚きました。そして改めて、不登校の子たちは、私たちが想像できないような心の中の、大きな仕事をやってきているんだなと思わされたのです。そんな子ども達の最も大切な時に、しかもこのように関われることは、すばらしいと思います。というのもそんな子ども達に、直接的な責任を負っていない「斜めの関係」の塾であるからこそ、ものごとを自由にとらえ、柔軟に対応できる部分も多いのではないかと思います。そして、小さな塾で小回りのきく塾であるからこそ、子どもに寄り添い続け、許したり許されたりしながら、苦しみの底から成長し、たくましく旅立っていく子ども達の姿を、目にさせて頂ける幸いがあたえられているのだと思って感謝しています。