小野修先生/臨床心理士

10月20~21日にかけて信州高遠青少年自然の家にて「第2回セルフ・ヘルプ・グループ研修講座」を行いました。ファシリテーター研修 と 「トラウマ返し ー子どもが親に心の傷を返しに来るときー」と題した講演会で、講師に、臨床心理士の小野修先生をお迎えし、開催しました。


トラウマ返し

★はじめに★

『トラウマ返し』は、不登校児の親にとって、もちろん『不登校児の親のグループ』でも、剣が峰ともいうべき重要課題です。この問題は、不登校児に限らず、一般の子どもにとっても、青年期の若者にとっても、あるいは成人にとっても、極めて重要な問題です。
 ということは、カウンセラー、ファシリテーター、心理療法者にとっても、極めて重要な問題ということになります。

★『トラウマ返し』とはどういうことか?★

 子どもはこれまで育ってくる間に、親や教師などから数知れぬ心の傷を受けてきています。“子どもを一番いじめているのは親だ。”という人さえいます。その心の傷に押し潰されているのが子どもの不登校という今の姿の一面かもしれません。子どもが親にその傷を返しにくることを、ここでは『トラウマ返し』と呼ぶことにします。

★子どもは傷ついている★
 子どもは、親、特に母親が大好きです。自分が母親なしには生きていけないこともよく解っております。だから、親が自分に要求し、期待することには、必死になってそれに応えようとしてきました。
 子どもが親の要求に応えられれば、親の要求はさらにその先を行くとか、膨らむのが常です。そして、ついには子どもが親の要求に応えられなくなってしまいます。
 子どもは、“自分は親の期待に応えられないダメなこどもだ!”と思い込まされます。
 日本の親や教師は、「あんたは、~がダメだ!だから、~に頑張らないといけない!」という叱り方をします。「あんたはだめだ!」の一撃で、子どもは打ちのめされてしまって、頑張る気力を失ってしまいます。
 こうして、子どもは幼児期から毎日のようにたくさんの心の傷を与えられ続けています。
 ここで厄介なのは、親に全く加害者意識がないことです。それどころか、自分は、良い親であればしないといけないことをしっかりと、一生懸命しているという、自己評価を高めてすらいます。それに応えられないのは、子どもが悪いのだ、子どもの努力がたりないのだというわけです。
 だから、自分の子どもにどのような傷を与えたかという意識もなく、記憶にとどめていることもありません。

★親に返しに来るまで★
行動による(無言の)『トラウマ返し』
 今はもうすっかり子どもの不登校問題を卒業してしまっているある母親は、「『トラウマ返し』されたときも辛かったが、それよりも、その前の『無言のトラウマ返し』の方がもっともっと辛かった。」と回想してくれました。
 無言で、母親をにらみつける、反抗的・抗議的態度を示す、壁やドアーに穴を開けるなどを、無言で繰り返す。母親は、子どもがなぜそうするのか、どうすればよいのかが解らず、苛立つばかりの毎日だったという。
 そのときは、母親はまだ、子どもの言葉に十分耳を傾けることはできませんでした。子どもも、言葉でしっかりと母親から受けた自分の心の傷を、表現できませんでした。双方の変化、成長が始まるにつれて、次の実り多い段階に進めるようです。
言葉による『トラウマ返し』
 先ず、何よりも先に、『不登校児の親のグループ』では、親の聴く態度の養成が第一の課題です。
『不登校児の親のグループ』に参加を続ける親の、そこでの学習成果の一つは子どもへの傾聴であり、子どもに対して受容的になれることです。それは、親たちがファシリテーターの態度を見習う結果として生じます。
 このような自分の言うことに耳を貸すようになるとか、自分に対して受容的になった親の変化を確認できた(必ずしも意識的ではない)不登校児は、親の態度の受容度を瀬踏みしながら、親の変化の度合いに応じて、小出しに親に『トラウマ返し』を返しにくるようになります。
 そのときの親の反応によって『トラウマ返し』を継続するか中断するかが決まります。
 ときには、一挙に、全面的集中的に、これまでの生育暦の中で親から受けたトラウマを親に返しに来ます。夜中から空が白むまで1週間続けて毎夜この親子の苦しい対決がなされた例もあります。
 親が子どものトラウマ返しの受け取りを拒否すると、子どもはそれを止めてしまいます。

★親にとってのショックと対応★
 子どもが『トラウマ返し』に来ることは、何の予防教育も受けていない親にとっては、大変なショックとなります。
 これまでの従順で、素直な、良い子が、突然、親を非難、攻撃し始めるのですから。
 正月に、帰省していた大学生の姉と不登校児の弟2人が口をそろえて、親の育て方の問題で、両親を非難、攻撃したのです。それは、的確で厳しいものでした。
 父親は、そのときのショックを、「暗闇で、いきなり背後から石で頭を叩かれたようだった。」と、述懐してくれました。
 多くの場合、記憶をさかのぼれる限りの幼児期から現在までの、子どもがずっと観察し続けてきた親としての問題を、子どもからズバリと指摘され、非難攻撃されるのですから、親にとってはたまったものではありません。
 驚愕し、すっかり取り乱した親は、不用意な反撃をしてしまいがちです。なぜなら、子どもの言い分を受け入れるということは、親がそれまで抱き続けてきた、『良い親』という自分自身のイメージが壊れてしまうからです。もし、親が教育者であれば、『良い教師』というイメージも壊れてしまいます。だからそう簡単には子どもの言い分を受け入れられないのです。
 親が誤った対応をしないためには、子どもが返しに来たものを全て受け取るためには、心理的準備が不可欠なのです。
 さらに厄介なことには、子どもの訴えてくる『トラウマ』は、親にとっては全く記憶にない、遠い昔の、親から見ればほんの些細なできごとからくるものです。
 親にとっては、“どうしようもない過去のできごと”としか聞けません。しかも、聞かされてみても、“良い親であればきっとそうしたであろう”ことだからです。
 しかし、子どもの抗議を、自分の人生の教師の言として聞くことができる親は、自分が良い親であろうとして子どもにしてきたことが、子どもの心を傷つけてきたことを、知ることになります。そして、子どもを自分と対等な人間としてみることができるとき、子どもに素直に謝れる親は、本当に尊敬に値します。
 ただ、“子どもに謝ればよい”ということを聞いて、心にもない口先の、言葉だけの謝罪をしても、反って子どもの反発を買うばかりです。「僕は、謝って欲しいから言いよるんではない!」と、ぴしゃりとやられます。
 また、この過程を早めようと、小手先の小細工を始める親もいました。「あんた、お母さんに何か言いたいことがあるんでない?あるんやったら、言いなよ。お母さん、ちゃんと聞いてあげるから。」と『トラウマ返し』を引き出そうという試みも、結果は散々でした。
 まず、敬聴力を養い、受容的になることが、親にとっては先決のようです。 

★その意義★
 『トラウマ返し』を親がきちんと受け取り、対等以上の人間として親が子どもに接することができれば、ここで真の親子になり、真の信頼関係が成立します。
 子どもは、この過去から現在までの全ての『トラウマ返し』が終わって、初めて、現在と未来を生き生きと生きられるようになるのです。
 このことは、不登校児に限らず、一般の子どもも、青年も、成人も、自分のトラウマを全て引き受けてもらえると、初めて現在と未来を生き生きと生きていけるようになります。


《小野修先生プルフィール》
昭和 9年 香川県に生まれる。
昭和33年 京都大学 教育学部(教育心理学コース)卒業。
 その後、香川県児童相談所・精神衛生センターの心理判定員、教護院職員、児童相談所長、スクール・カウンセラー、徳島文理大学大学院教授、四国新聞社客員論説委員を経て、現在は専門学校理事長、香川県立中央病院ターミナル・カウンセラー。臨床心理士。高松で、『カウンセリング基礎講座』、自宅で「不登校児の『親のグループ』」を主宰。
〔著書〕『親と教師が助ける不登校児の成長』『子どもの非行に気づいたら‐親と教師が助ける年少非行児の成長』『子どもとともに成長する不登校児の「親グループ」‐ファシリテーターのためのマニュアル』『トラウマ返し‐子どもが親に心の傷を返しに来るとき』(黎明書房)他多数。