北澤 康吉/ロジャース流カウンセラー

「どうやって子どもと向き合ったらいいのか分らない」と言われます。心のことでは親は子に対して全く何も出来なくなることがあります。躓(つまず)き、萎縮(いしゅく)し、ひどく用心深くなります。しかし、世間の常識からは「手をこまねいているだけではダメだ」と責められます。「逃げずにちゃんと向き合わなければ」と励まされます。ますます萎縮し、我が身の無能を嘆くことになります。

一方で「気合だあ!!!」のアニマル浜口さんがおります。娘を張り飛ばすほどの勢いで、彼は娘と向き合っております。そして、まさに親子二人で獲得した銅メダルでした。もっとも勝負や練習の場面はともかく、それ以外の場面で「気合だあ!!!」とやられると、当の娘の京子さんは「叶わないなあ、ちょっと勘弁してよ」といったはにかみの表情をちらりと見せておりますが(これがまた何とも魅力的です)。

心のことは本来「向かい合う」関係ではなく、同じ方向を目指し、同じ理想をはるかに望む関係のように思えます。親子で「向かい合う」時も、同じ遠くを望む眼差しの中でのこと、それが背後にあることをお互いに意識したうえでのことのように思えます。

勝負の世界は「向き合って共に上を目指す」関係かもしれません。図式化するのも無理がありますが、そんな関係のように思われます。僕もかつてたまたま勤めていた高校の野球部長を3年間やったことがあります。この野球部の中での選手と指導者の関係は、例えばカウンセリングワークショップの中での関係とは全く異質なものなのです。「勝つ」という一点でほとんど共通しておりますので、時に激しい叱責が飛び交うこともあります。バ声(罵声)すら飛び交うことがあります。それでも選手は付いてきます。「勝つ」という一点で、ほとんど共通しているからです。

この激しく「向き合う」関係を、心のことでの親子に当てはめるのはかなりの無理があります。よく「少し斜め後ろからついていく」と言われますが、心に関しての人と人との関係はきっとそんな風なのではないでしょうか。

その人その人の人生については、それに多少とも関わろうとする時、その人より前に出て引っ張り導くとか、横にいて忠告、指示を的確に与えるといったことはないのだと思います。一人ひとりが何かに向かって進んでいる関係です。その一人ひとりの歩みに対して充分な敬意を払い尊重する関係なのです。

従って、アニマル坂口さんのスタイルは勿論あり得ませんし、「向き合う」ということ自体がそもそもないのだと思います。「どう向き合ったらいいのか」といった言葉に基本的に馴染まないのです。

 ただ、こちらも一人の人間として、「僕はこう感ずる」「私はこう思う」と意見を述べることはありますが、あくまでもそれに止めるべきなのでしょう。