連載コラム
自責の念 「嫌われているのでは」2008年09月19日
Category: 連載コラム
北澤 康吉/ロジャース流カウンセラー
登校拒否で苦しんでいる時、登校拒否でなくてもひどく苦しい時、自責の念が強く湧いてきたり、「自分は本当は嫌われているんだ」「生きていてもしょうがない」といった気分になります。登校拒否はある意味ではストレスによって心の奥深くにあった強い「不安」や「恐怖」の現れですが、それは気分としてみれば「うつ」の状態ということになります。
「うつ」状態のとき私たちは自責の念がとても強まったり、「私なんか生きていてもしょうがない。皆に迷惑かけるだけだ」といった気分が強まります。そういった形で「不安」や「恐怖」が吐き出されるのです。心は火山の噴火と似ている所があります。身体に現れたり行動に現れたり、そのまま気分として現れたりしながら、その噴火、吐き出しが行われます。
この時に特有の意味のある現象です。そんな現し方をしながら一杯たまったものの吐き出しをしているのです。親はお子さんのすぐ近くにおりますからそういった吐き出しをされるとひどく「こたえ」ます。「そんなことないよ、大丈夫だよ」と慰めたり、「お前の思い過ごしだよ」と言ったりします。大事なお子さんのことですから温かい関心を一杯持っていることは大事です。
しかし、せっかくの吐き出しを「そんなことはないよ」と否定されたら折角吐き出されていたものが邪魔をされることになります。「辛いところにいるんだよな。だからこんな言い方をしてしまうんだよな」という思いのところにいながら、ひしひしとそれを感じながら、それでも踏みとどまって「どうしても自分を責めちゃうんだよね」「嫌われていると思えちゃって、それが辛いんだよね」といった応答が出来れば素晴らしいと思います。
ただ、親子は近過ぎる関係です。カウンセラーのような第三者ではありませんので、「分ったようなことを言うな」と厳しい反撃が返って来るかも知れません。しかし、少し時間が過ぎた後でお子さんは、「ちょっと分ってくれてたみたいだ」「ちょっぴり通じたみたいだ」と思ってくれるかも知れません。
そうすればその分だけお子さんは苦しさが和らぐことでしょう。
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「うつ」状態のとき私たちは自責の念がとても強まったり、「私なんか生きていてもしょうがない。皆に迷惑かけるだけだ」といった気分が強まります。そういった形で「不安」や「恐怖」が吐き出されるのです。心は火山の噴火と似ている所があります。身体に現れたり行動に現れたり、そのまま気分として現れたりしながら、その噴火、吐き出しが行われます。
この時に特有の意味のある現象です。そんな現し方をしながら一杯たまったものの吐き出しをしているのです。親はお子さんのすぐ近くにおりますからそういった吐き出しをされるとひどく「こたえ」ます。「そんなことないよ、大丈夫だよ」と慰めたり、「お前の思い過ごしだよ」と言ったりします。大事なお子さんのことですから温かい関心を一杯持っていることは大事です。
しかし、せっかくの吐き出しを「そんなことはないよ」と否定されたら折角吐き出されていたものが邪魔をされることになります。「辛いところにいるんだよな。だからこんな言い方をしてしまうんだよな」という思いのところにいながら、ひしひしとそれを感じながら、それでも踏みとどまって「どうしても自分を責めちゃうんだよね」「嫌われていると思えちゃって、それが辛いんだよね」といった応答が出来れば素晴らしいと思います。
ただ、親子は近過ぎる関係です。カウンセラーのような第三者ではありませんので、「分ったようなことを言うな」と厳しい反撃が返って来るかも知れません。しかし、少し時間が過ぎた後でお子さんは、「ちょっと分ってくれてたみたいだ」「ちょっぴり通じたみたいだ」と思ってくれるかも知れません。
そうすればその分だけお子さんは苦しさが和らぐことでしょう。
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