北澤康吉/ロジャース流カウンセラー

 「不登校」。いつ頃からこんな呼び名になってしまったのでしょうか。日本に入ってきた最初の呼び名は「学校恐怖症(School Phobia)」でした。その後ずっと「登校拒否」と呼ばれておりました。「たかが名前のことではないか」と言われそうですが、やはり「不登校」は困るのです。責任の所在が全く曖昧になってしまうのです。「登校せず」「登校しない」というだけの意味ですから、本人が悪い、あるいは育てた親が、家庭の何かが悪いということにもなりかねません。学校の責任が、文科省の責任、教委の責任が特に問われる訳ではなくなります。

 僕は学校大好き人間です。学校は家庭に匹敵する、あるいは家庭以上に安全・安心の場所、子供たちにとって飛び切り大切な場所だと思っております。その学校が「拒否」されたのです。その証拠に「登校拒否」の諸君の百人が百人、学校は拒否しても家は選んでおります。もし、家の方に問題があって起きたことならば、諸君は家の方を拒否したはずです。この単純なイロハがどうして理解されないのでしょう。どうして改めて問い直されずに放置されてきたのでしょう。ほとんど不思議と言っていいくらいです。
 学校や学校を取り巻く状況が、かつてよりはるかに強くストレスとして子供にのしかかるようになったこと、子供と学校との間の大きな価値観のズレ・・・、そういったところが原因して起きた現象が登校拒否だと僕は思っておりますし、実際に登校拒否に携わっている者の(とりわけ民間の側の)大部分の見方がそうでしょう。

 「学校はタイヤキ屋と同じだ。食べる食べないはそれぞれの自由だ」と言った春男君(仮名)。「そこまで言うか、そこまで言わないでよ」と僕は心の中で思っておりました。彼は僕らが出会った文句無し素敵な諸君の一人です。その人物も能力も高く買っておりますが、学校タイヤキ屋論には「やはりそれは違うよ」と僕は思っております。
 売れなくなったタイヤキ屋なら、プロの面子(めんつ)にかけても「売れるタイヤキ屋になってみせるぞ」と思います。最高のタイヤキを作って、お客さんを呼び戻せばいいのです。しかし、言うまでもないのですが、学校はタイヤキ屋とは違います。もっと大きな夢や理想があります。人生とそのまま重なる程の重さがあります(そんなタイヤキ屋さんもひょっとしてどこかにあるのかも知れませんが)。
 その点で「登校拒否」という言葉にははっきりした価値観が含まれております。学校が拒否されたのです。私達が拒否されたのです(私は今でも気持ちは教師です)。旨くなくなったタイヤキ、腐ったタイヤキと残念ながら評価されたのです。ならば徹底的にどこが問題なのか洗い直しをし、理想的、魅力的なタイヤキ屋になればいいのです。そんな学校になればいいのです。大学入試も含めた大改革をしなければなりません。「分かる喜び」「知る喜び」「創る喜び」を仲間と共にいっぱい、ゆっくり時間をかけて経験できる状況づくりをしなければなりません。その為には途方もない覚悟とエネルギーがいりますが、必ず子供たちを学校へ引き戻せるはずです。「登校刺激」等といった姑息(こそく)なものではなく、誰もが文句無し引きつけられ引き寄せられるような学校そのもの魅力で勝負できます。本物の中身とその価値で「これでどうだ」と開き直ることが出来ます。教師と言うプロ集団の面子にかけてです。
 学校の側の、教育に携わる者からの、正確で真摯な率直な反省が今こそ求められております。そうすれば登校拒否は根本的な所へ立ち戻って、真の解決へ向かうはずです。

 その為にも「登校拒否」という言葉に僕はとても拘っております。「不登校」は事実に即しておりません。真の解決に向かう基本姿勢を欠いております。いやしくも教育に携わる者の真摯な態度とは言えません。