北澤康吉/ロジャース流カウンセラー

 「ちょっと太り過ぎだからダイエットしたい」と春男君。身長175センチ、体重70キロ。特に太っているとは思えませんでしたが、彼にはそう感じられたのです(これがとても大事なのです。本人がどう感じたかが全てなのです。「そんなことはないよ。丁度いいよ」はダメなのです)。
「拒食が始まるのかな」と思いました。「5キロ痩せたい」と言うのです。関西の家に帰った彼は早速ダイエットを始めました。たちまち5キロ痩せました。ダイエットはちっとも苦痛でなく(拒食の特徴です)、食べない状態はそのまま更に続いていきました。10日、20日、1ヶ月、2ヶ月。ジュース以外全く受けつけないのです。水分と最低のカロリーはどうやら摂(と)れているのです。とうとう体重は35キロにまでなってしまいました。ほぼ半分です。久しぶりに彼が「のぞみ学園」にやってきたとき、一瞬誰だかわからないほど痩せておりました。引き続きまだ食べ物は身体が受けつけないのです。げっそり痩せていましたが、気持ちはむしろ活発でした(これも「拒食」の諸君の共通した特徴です)。
 残暑の厳しい年でした。まさに記録的な暑さで、長野県でも36〜38度Cを記録した程です。そんな中で学園の旅行が行なわれました。それも何と場所は沖縄。彼も「行く」と言うのです。ご両親はとても心配しましたが、彼は「是非行きたい」とのことでした。そして、4泊5日の暑い暑い旅行を彼は結局最後まで付き合い通しました。多少無理して食べたり、そして吐いたりもしながら。
 更に時間が流れ、秋もだいぶ更けた頃、彼は突然「勉強したい、定時制へ行きたい」と言い出しました。拒食の方はおおかた一段落しかけておりました。彼は登校拒否を始めた2年ほど前、勉強道具も教科書も一切合財自分で段ボール箱に入れて目の届かない所へ仕舞ってしまったのですが(これも意味があります)、それをまた自分で持ち出してきて勉強を始めました。行かないままに3年生になっておりました。

 拒食の諸君に何人も出遇ってきましたが、そしてその大部分は女の子ですが、彼は珍しく男の子の例です。彼からも大事なことを一杯教わりました。
「ダイエットしたい」と言い出したとき、もう彼の心の深い部分で振子は完全に「拒食」の方に振れていたのです。しかし、彼の意識のレベルでは「ダイエットしたい」でした。単なる「ダイエット」ならば、食欲との大変な戦いになるはずですが、「拒食」でしたから食べたいのを必死で堪(コラ)える必要はありませんでした。
そして、「拒食」という形で、彼にとっては最後の大きな「吐き出し」が行われたのです。何かが却ってすっぱりと一段落したのです。それが「勉強したい、学校へ行きたい」という動きになったのだと僕は思います。

 拒食は心の中で一杯になった「恐怖」や「不安」の劇的な吐き出しです。吐き出しによって心は軽くなるわけですから、「拒食」の意味はかなり大きいのです。
 ただし、僕らの中にたった一つだけ心配があるのです。血糖値の極端な低下です。栄養失調状態になるわけで、その致命的な影響は脳へいきます。そのことだけが気になります。ある限度の所で、それをちゃんと見極めなければなりません。その場合に家族は本人のその極限状態にきちんと介入しなければならないのではないか。拒食については僕らの中でそのことについてだけ「?」マークが付いております。その点、「過食」については僕らは何の心配もしていないのです。「心おきなく過食をどうぞ」とさえ思っているのです。
 周りが訳も分からずに慌てふためいて、かえって本人を動揺させたりすることのないようにしたいものです。固い常識の枠から出た「否定感情」で諸君を追い込まないようにしたいものです。
「拒食」は心の深いところで意味あって起きている大事な大事な吐き出しの一つなのですから。