北澤康吉/ロジャース流カウンセラー

 「登校をうとむ子職をあさる父湯舟に足裏みせて安らふ」 (足裏・・・アウラ)前橋市の大熊津ネ夫さんという方の歌です(読売歌壇)。登校拒否の二つの面を見事に表しております。登校をうとむ子とリストラに遭った父。登校拒否は「うとむ」といった心理的な現象、それも生きるための安全反応なのですが、しかしもう一方では、父の姿に見るような状況の中で起こる社会的現象(事象)なのです。心理的な大事な現象として子に向かうと同時に、社会的な現象としてその状況の解決に対(む)かう面 も大事なのです。

 登校拒否する限り、子どもはその成長を含めて安全・安心なのですが、子どもが登校拒否を起こす社会状況、学校を取り巻く状況は大問題なのです。学校としては、それを取り巻く社会としては、拒否されることなど「あってはならない現象」なのです。子どもが学校を時として拒否することはあっても、学校は本来子どもにとって安全・安心の場所なのです。しかし、それにしてもその二人が湯舟でくつろいでいる。まさに家庭はそんな場所、そのための場所なのでしょう。中世のある哲学者が言った言葉がしみじみ適切に思われるのです。

平安(おちつき)と勇気 神様、わたしにお与えください 変えられないものを受け入れる平安を 変えられるものを変える勇気を そして、その二つを見分ける賢さを

God,Grant me the Serenity (「平安の祈り」より)

 キーワード:登校拒否は、生きるための 安全反応