リレーコラム
親への感謝と涙の卒業式2007年05月25日
Category: リレーコラム
大村 洋一/NPO法人自然学校ふる里あったかとお理事
各地で卒業式が行われたとのニュースを見て、2年前、私の長男が卒業したT高校での式を思い出した。
本欄でも述べたが、愛知県のT高校は、不登校などの事情で学校に通えなかった生徒を全国から積極的に受け入れている。そんな子どもたちの卒業式である。親にとっても子にとっても、募る思いが一気にあふれ出てくることが多い。
卒業証書授与、来賓祝辞など、一通りの式次第を終えて、最後に卒業生が一人ずつ一言述べた。先生への感謝、同級生との別れを惜しむ声、高校時代の思い出、少数派ではあるが学校の教育体制の批判をする子どもたちもいた。だが、一番多いのは親への感謝であった。若者が少し照れながらも、人前で親への感謝を述べるのを聞くのは心地よい。そんな中、最も記憶に残っている場面がある。
彼は中学で不登校だった時も、T高校に通っていた時も、父親とのぶつかりあいをくり返し、一度も父親を許さず、辛く当たっていたようだった。そんな彼が卒業式の壇上でゆっくりと父親へのお詫びの言葉を、涙を流しながら大声で話し始めた。
その時、突然私の隣に座っていた人が泣きながら立ち上がり、壇上の彼に頭を深々と下げた。式場が一瞬、しんとなった。隣に座っていた方が、壇上の彼の父親であることはすぐに分かった。
この式で私の息子もほんの一言、親への感謝を述べていたが、その言葉を今、はっきりと覚えていない。しかし、この時の感激は忘れられない。普段涙を流すことを忘れかけていた私の目頭も熱くなった。「卒業式というこの日を迎えると、またもう1度、もう1年、教師を続けようと決心できる」と、T高校の先生方が言っていたのも印象に残った。
私は最近、映画を一人でこっそりと見ては、涙をにじませることを楽しみにしている。たまには涙もいいものである。気持ちの奥に貯まっていたものが洗い流され、新たな気分になれる。涙なんてちょっと野暮ったいが、感激を素直に受けとめたり、気持ちを正直に表したりすることは明日の活力になると思っている。
平成19年3月28日付け
読売新聞長野版コラム「きょういくエッセイ」より
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本欄でも述べたが、愛知県のT高校は、不登校などの事情で学校に通えなかった生徒を全国から積極的に受け入れている。そんな子どもたちの卒業式である。親にとっても子にとっても、募る思いが一気にあふれ出てくることが多い。
卒業証書授与、来賓祝辞など、一通りの式次第を終えて、最後に卒業生が一人ずつ一言述べた。先生への感謝、同級生との別れを惜しむ声、高校時代の思い出、少数派ではあるが学校の教育体制の批判をする子どもたちもいた。だが、一番多いのは親への感謝であった。若者が少し照れながらも、人前で親への感謝を述べるのを聞くのは心地よい。そんな中、最も記憶に残っている場面がある。
彼は中学で不登校だった時も、T高校に通っていた時も、父親とのぶつかりあいをくり返し、一度も父親を許さず、辛く当たっていたようだった。そんな彼が卒業式の壇上でゆっくりと父親へのお詫びの言葉を、涙を流しながら大声で話し始めた。
その時、突然私の隣に座っていた人が泣きながら立ち上がり、壇上の彼に頭を深々と下げた。式場が一瞬、しんとなった。隣に座っていた方が、壇上の彼の父親であることはすぐに分かった。
この式で私の息子もほんの一言、親への感謝を述べていたが、その言葉を今、はっきりと覚えていない。しかし、この時の感激は忘れられない。普段涙を流すことを忘れかけていた私の目頭も熱くなった。「卒業式というこの日を迎えると、またもう1度、もう1年、教師を続けようと決心できる」と、T高校の先生方が言っていたのも印象に残った。
私は最近、映画を一人でこっそりと見ては、涙をにじませることを楽しみにしている。たまには涙もいいものである。気持ちの奥に貯まっていたものが洗い流され、新たな気分になれる。涙なんてちょっと野暮ったいが、感激を素直に受けとめたり、気持ちを正直に表したりすることは明日の活力になると思っている。
平成19年3月28日付け
読売新聞長野版コラム「きょういくエッセイ」より
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