大村 洋一/NPO法人自然学校ふる里あったかとお理事

 11月に東京での結婚披露宴に仲間と招かれた。大学時代に子どもの野外体験活動支援のボランティアに高遠町(現・伊那市)へ来た若い二人の式であった。

 高遠で活動する私を含めたボランティア仲間数人は中年以上の年齢である。私たちは15年近く、「不良中年ボランティア」を自称してきた。「ちょい悪おやじ」というのが流行しているが、私たちも粋ではないけれど、かなり先をいっていたなどと仲間うちで軽口をたたいている。
そんな私たち不良中年ボランティアは、高遠へボランティアにやってくる大学生や若い人たちに、活動に直接関係することを伝えるよりも、活動を外れた分野で、あれこれと教えていたような気がする。

 学生にありがちな騒ぐだけの酒席ではなく、中年世代のわがままな思いを伝えたり、彼らから若い故の悩みを打ち明けられたりと、延々と夜を徹してやっていた。活動後に酒を酌み交わし、話し合うのが楽しみだった。そこには温かな人と人とのつながりがあったように思えた。

 最近、学校教育の現場などで、ボランティア活動の義務化や、ボランティア経験の有無を進学時の評価対象にするといった話題が出ている。ボランティア活動の世界では、老若男女や社会的立場によらない、日常とは違う社会が広がっている。そこでの経験は、参加した人の人生を豊かにすることも確かである。

 しかし、「ボランティアをした」という体験だけで、そこから得たものが何も残っていなかったら、残念だ。ボランティアは生き方を広げることであり、世代も超えて人と人とのつながりを知ることであると思うからだ。ボランティアは若いから体験しなければならないものではなく、どの年代の人々にとっても生き方を学ぶ機会になる。

 我らが不良中年ボランティアのメンバーには、新郎新婦のご両親より年上の人もいる。披露宴の友人席にそんな年長者を呼べたことが、二人にとってボランティアで得た大きな収穫だったと思う。来年3月に東北の陸中海岸の小都市で開かれる結婚披露宴にも、不良中年ボランティアが招かれている。2泊3日の長旅にはなるが、私たちは楽しみに待っている。


平成18年12月20日付け
読売新聞長野版コラム「きょういくエッセイ」より