リレーコラム
愛に気づくための時間2006年12月24日
Category: リレーコラム
三戸部 尚拓/
【引きこもりへのきっかけ】
僕が引きこもりになったのは大学四年の春でした。直接のきっかけは就職活動のために履歴書を書こうとしたとき、まったく書けないことに気がついたことでした。自分の人生を見直したときに、好きなものはなんなのか、小学校、中学校、高校、大学のころ、何かひとつのことに打ち込んだことがあったんだろうか、人に自信を持って語れることがあるのかと考えると、何一つないということに気づいてしまい愕然としてしまったのです。
そして、自分の今までの22年間の人生はなんだったんだろうと思い自信をなくしてしまい、無気力になり、部屋に閉じこもってしまいました。一人暮らしをしていたときに引きこもりになったので本当に一人で部屋に閉じこもっていました。
このときの状態を詳しく書くと、まず外に出るのが怖くなります。玄関に立つことさえ恐怖に感じます。光を浴びることさえ怖くなり、カーテンは一日中閉めっぱなしで開けることはありませんでした。でも、何か食べなくてはいけないので、「空腹でこれ以上我慢できない」と思ってようやく外に出ることができます。そして、近くのコンビニでお弁当を買って帰ります。人に会うのはこのときだけで、テレビ、ラジオ以外の生の人の声を聞くのもこのときだけでした。一日一回、五分程度の外出で、ご飯も一日一食が多かったと思います。
外に出ることができないので運動不足で夜は眠ることができず、一晩中起きていて、明け方五時にようやく眠ることができ、昼の二時半ごろに起きるという昼夜逆転の生活が続きました。
朝五時ごろになるとカーテン越しに光を感じ、鳥の鳴き声を聞くだけで、「また、何もしないで一日が過ぎてしまった」と罪悪感と自己嫌悪に陥りながら眠りにつき、昼の二時半ごろ目を覚ますと「また昨日一日、何もしないで無駄に過ごしてしまった」とやるせない思いでいっぱいになりました。
この世のすべてに怯え、この世のすべてを呪っていました。そして真っ暗な部屋で一日中、ガタガタと震えていました。
引きこもりで一番ひどい状態になると、多くの人は世の中の破滅を願うと思います。それは、長い時間閉じこもっていて「世の中に取り残されてしまった。この遅れを取り戻すのはもう不可能だ」と思い込み、「それならば、みんながゼロの状態になれば、自分の遅れもチャラになる」こうして世界の破滅を望みます。そして廃墟の中、ようやく外に出ることができるだろうと考えるのです。
ちょうど1999年だったので、僕はノストラダムスの地球滅亡の予言が当たらないかなあと思っていました。
【心の状態-四段階】
結局、この年には大学を卒業することができず留年をし、次の年に週一回出席すれば卒業できるコースに変更してようやく卒業をして実家に帰りました。
実家に帰っても昼夜逆転の生活は続きました。昼の外出は無理で、夜中にドライブをしていた記憶が残っていますが、このころの記憶ははっきりしていません。あまりにも辛かったので脳に記憶されなかったのかもしれません。それとも、記憶するものがなかったくらい、何もしなかったのかもしれません。しかし外から見ると(他人から見ると)何もしていませんが、心の中では自分を責め続けていました。このときの心の状態を分析してみると四段階に分けられます。
(1)自己卑下、(2)自己批判、(3)自己嫌悪、(4)自己否定の4つです。
まず(1)自己卑下から始まります。昼間から何もせずに暗い部屋に閉じこもっている。多くの人は働いたり、学校に行ったりしているのに、自分ときたら何もしないで無駄に生きていると考え、罪悪感を感じ、自分は何の価値もないゴミのような存在だと思い、自分で自分の価値を貶めていきます。
次に(2)自己批判をしていきます。
暗い部屋で一人きりになると神経が研ぎ澄まされていきます。普段気づかないことに気づき、考えもつかないことを考えます。その状態で自分の欠点、嫌いなところを重箱の隅をつつくように執拗に探していきます。普通なら気づきもしないような欠点も、欠点といえないものまで見つけ出します。
自分の欠点や嫌いなところを探し出すと、次の(3)自己嫌悪になります。この世で一番嫌いな人間が自分なので起きている間、ずーっと嫌な奴と付き合わなければいけません。これは非常に辛い体験でした。一番嫌いな人間が他人なら話をしなければいいし、会わなければそれですみます。がしかし、その相手が自分なのですから。
この苦しみから唯一逃れることができるのが眠ることでした。眠っている間は嫌いな自分を感じなくてすむからです。寝ることだけが救いでした。だから早く眠りにつきたいのに部屋に閉じこもっているので運動不足から夜は眠ることができない。そして夜は物音がなく静かなのでさらに神経が研ぎ澄まされて自己嫌悪が酷くなります。
嫌いということは好きの反対なのでまだ自分自身に関心があるのですが嫌悪を通り越すと(4)自己否定に入ります。自分にまったく関心がなくなります。生きていても死んでいる状態といったらいいでしょうか。自分の存在がどんどん希薄になっていくのです。自分の手のひらを見ても自分のものでない、誰か他人の手を見ている感覚になっていきますそして何も考えなくなるのです。
しかしこれで終わりではありません。何も考えていなくても生きているので腹も減るし、トイレにも行きたくなります。そうすると自分への関心が戻ってきます。そこでまた今の自分の状況を思い出します。つまり、昼間から何もせずただ寝ているだけの自分を確認するのです。そうするとまた(1)自己卑下が始まり、(2),(3),(4)と続きこれを永遠とくり返し心を削り取っていきます。
(1)から(4)の作業をくり返し自分を否定していきますが完全に自己否定はできません。なぜなら、完全に自己否定をしてしまうと自殺してしまうからです。
僕は一回も自殺を考えたことも実行したこともありませんでした。引きこもりで自殺未遂をする人もいるかもしれませんが、あくまで未遂なのでこれも完全には自己否定をしていないのです。どんなに自己否定をしてもしきれない部分、自己肯定の部分が残っていると気づきます。自己否定を続け自殺の一歩手前まで自分を追い詰めることでようやく自己肯定に転換するのだと思います。
【そして、自己肯定への転換】
この自己肯定に転換したきっかけは母のある一言でした。
大学を卒業して実家に帰ってから一年目か二年目の11月のある日の昼、二階の自分の部屋で寝ていました。たぶん怖い夢を見ていたのだと思います。大声を上げて飛び起きました。すると、間髪いれず母がすごい勢いで階段を駆け上がり、ドアを開けて、「どうしたの、大丈夫?」と言ってくれました。僕はこのとき母の顔を見ることができず布団をかぶっていました。少し話をしたかもしれません。そして母は僕の手を両手で握り締めて次の言葉を言ってくれました。
「おまえがどんな状態になっても決して見捨てたりはしない。それはお母さんだけじゃなく家族全員同じ思いだよ」
この言葉を聞いたとき、涙があふれて止まりませんでした。
今まで自分はゴミ以下の人間だと思って、まったく関心がなかったのに、母はそんな僕を肯定してくれたのです。自分で自分を見捨てていたのに、母は「決して見捨てることはない」と言ってくれたのです。
そのとき、「自分はこんなにも愛されていたんだ、生まれてからずっとこの愛に包まれていたんだ」と思いました。無価値だと思っていた自分の心と体にはあふれるくらいの愛が詰まっているのだと実感しました。その日は一日中泣いていました。一週間経って思い返してみても一晩中泣いていました。そしてこの文章を書いているこのときも涙が出ました。
愛は目に見えず、聞くことも、触れることさえできないといいますが、僕にとっては違いました。
母がすぐ駆けつけてきた姿を目で見ることができたし、「見捨てたりしない」という言葉をしっかりと耳で聞くことができたし、握り締めてくれた手を触ることもできました。
愛という想いを言葉と行動で表現してくれたのです。さらに、この愛は見返りを求めない、打算もない、与え続けるだけの無償の愛でした。
【引きこもりから外へ】
今思うとこの出来事が大きなきっかけになって、少しずつ昼間でも外に出るようになり、カウンセリングに行くようになり、スポーツジムやお茶の稽古にも通うようになりました。4年間かけて人前で意見も言えるようになりました。そして、不登校や引きこもりの子供を持つ親の集まりや大会に出るようになりました。こういった集りや大会に出る前、僕は「自分と同じように引きこもっている人を立ち直らすには親の愛、それもお母さんが見せてくれた無償の愛しかないのではないか。でも、それをほかの親にも求めるのは酷なことかもしれない」と考えていました。しかしそんなことはありませんでした。ある講演会では、不登校になった子供を持った母親がそのときの体験を話している途中、思わず涙が出てしまう姿や、初めて集会に参加した父親が自分の子供を思うあまり、泣きながら意見を行っている姿を見て、「子供を本気で心配している親はたくさんいるんだ」と考えを改めました。
【ふたつの方法】
引きこもっている子供を持つ親の集まりに参加すると、多くの親が子供にどう接すればいいか、どうしたら立ち直るのかと悩んでいます。
引きこもった当事者として言わせてもらうと、親が子供に直接してやることは実はわずかしかないのかもしれません。こうすれば立ち直るというマニュアルもありません。一人一人引きこもった理由も環境も違うからです。それでもマニュアルを考えてみると、僕の経験からいえることは2つ。
ひとつ目は、親は自分の子供を信じてほしいということです。「この子は必ず立ち直る」と強く信じ、否定的な考えになるのをぐっとこらえて見守ってください。
ふたつ目として、ここぞというときに子供に、「あなたを見捨てたりしない、愛しています」といった愛の言葉をかけてやってください。
この二つしか思いつきませんでした。
ある集会に参加したとき、不登校になった子を持つ親の意見として次の言葉を聞きました。
「私は子供が不登校になったことでとても貴重な体験をした。宝物もいっぱいもらった」
では、引きこもりの当事者とその親はいったい何を得るのでしょうか。僕が思うに、当事者は親の愛に気づき、親は家族のきずなを築くのではないでしょうか。引きこもりをしていると自分はなんの価値もないゴミ以下のいてもいなくてもいい存在なんだと思い続けています。そんな自分に親はご飯の用意をし、洗濯もするし、その上、どうすれば立ち直るのかと心から心配してくれています。その想いに気づいたとき、子供は親の愛を知ります。
【夫婦の協力】
引きこもった子を立ち直らせるには一人ではできません。家族や友人の協力が必要です。とくに夫婦の団結が必要です。親の集まりに参加する人はたいてい母親です。父親の姿はほとんど見かけません。多くの父親は「俺は仕事で忙しいから家のことは奥さんに任せる」という考えなのでしょう。父親は外で、ストレスを受けたり、悩みやしがらみによって疲れて帰ってきます。そこへ母親から子供のことで相談を受けても「俺は外で働いて疲れているんだ。家に帰ってまで疲れるような事を持ち出すな」と怒ってしまうのも無理はないと思います。しかし家族、とくに夫婦の間に緊張したピリピリした空気が流れているとその険悪な雰囲気は引きこもっている子供にも伝わります。(2)自己批判に書いたように神経が研ぎ澄まされているので家の中の空気にも敏感になるのです。そしてこの険悪な雰囲気が悪化して夫婦の間で口論になるとそれを聞いた子供は「俺がこんな状態だからお父さんとお母さん
は喧嘩をしているんだ」と思いますます自己嫌悪になっていくと思います。
幸いなことに僕の両親は二人で協力して僕を立ち直らせようとしてくれたので夫婦の間での口論や喧嘩は聞いたことがありませんでしたが、もし協力していなかったらおそらくますます自己嫌悪に陥り抜け出せなくなっていたでしょう。僕が父に感謝したいことは、一回も引きこもっている僕に対して責めたことがなかったことです。引きこもっている人は世の中の誰よりも自分を責めています。そこへ家族が「なにをやっているんだ、なぜ働かない」と責めると逃げ場がなくなってしまうのです。家族が引きこもりをしている当事者を信じて見守ることでどうにか本人は息をすることができます。信じて見守るためにはどうしても家族の団結が必要です。団結することで親は家族のきずなを築きます。
【引きこもっている人とその親へ】
僕は今27歳です。21歳のときに引きこもりになり、3年間、ほとんど人に会わず部屋に閉じこもっていました。そして残りの3年間でようやく外に出るようになり今年(平成17年)の春になってようやく大勢の前で自信を持って自分の意見を言えるようになりました。引きこもりをしなければこの6年間で様々な経験と出会いをしていたかもしれません。これから後悔することもあるかもしれません。しかし失った6年間という時間に匹敵するまたはそれ以上のものを手に入れました。
それは地球上の誰もが望むもの、愛、それも無償の愛がこの心と体にあふれているということに気づいたことでした。僕にとって6年間という引きこもりの時間は愛に気づくため、愛を学ぶための時間だったのかもしれません。お父さんとお母さんのもとに生まれてきて本当によかったと思います。ありがとうございます。
最後に引きこもっている人たちとその親たち、そして自分自身へ励ましの意味をこめて書きたいと思います。
「引きこもりは本人の弱さと甘えだ」という人もいると思います。僕はその意見を否定できません。確かに引きこもっている人は精神的に弱いかもしれません。傷つきやすい性格だと思います。社会的に見ても働かず親に寄生しています。これは甘えているといわれても仕方がないと思います。しかしこれだけははっきりと言いきることができます。引きこもりをしている人は弱いし甘えもあるが、生命力ということで見ると実は意外としぶといのです。
真っ暗な部屋に閉じこもり、圧倒的な孤独の中、気が狂う一歩手前まで自己否定をし、口から内臓を吐き出すような寂しさに襲われても本人は生きているのです。しかも、これらの苦しみに何年も耐え続けて生きています。だから、親はこの生命力を信じて子供を見守ってください。
今引きこもっている人もその苦しみに耐えている自分の生命力を信じてください。引きこもりの時間は、今まさに引きこもっている人にとっては呪いでしかありません。しかし、その呪いから解放されて一歩外へ出ようと思ったとき、「あれだけの苦しい時間に耐えて生き残ったんだから自分も捨てたもんじゃない」という自信にかわります。また、その自信は外の世界へ踏み出す勇気にもなります。さらに、自分を決して見捨てなかった親の愛にも気づき自分を肯定することができます。
テレビをつけると親が生まれたばかりの子供を虐待したり殺してしまうニュースを耳にします。子供が親を殺してしまう事件が続いた年もありました。目を覆いたくなるような事件、耳を疑うような事件がワイドショーでひっきりなしに取り上げられています。また、統計によると平成10年から平成16年の七年間、毎年3万人以上の自殺者がいます。一日平均80人以上が自殺しているのです。自殺未遂を考えるとこの十倍はいるのではないかという人もいます。
今の日本は愛と生命力が弱くなっているのかもしれません。愛と生命力が手に入りにくい時代かもしれません。愛と生命力はこれからますます価値が上がっていくことになるかもしれません。多くの人が愛と生命力に飢えて求めているのかもしれません。そう考えると引きこもっている人は人一倍、愛と生命力に敏感なのかもしれません。そして引きこもりの時間とは人間にとってもっとも必要な愛と生命力に気づくために支払う代価なのではないでしょうか。この二つがあれば外の世界に出たときに降りかかってくる様々な問題にも立ち向かえるのではないでしょうか。
すべての引きこもっている人が愛と自分の生命力のしぶとさに、またその親たちが家族のきずなを築くことを願っています。
次の記事:「不登校」親の会活用を【引きこもりへのきっかけ】
僕が引きこもりになったのは大学四年の春でした。直接のきっかけは就職活動のために履歴書を書こうとしたとき、まったく書けないことに気がついたことでした。自分の人生を見直したときに、好きなものはなんなのか、小学校、中学校、高校、大学のころ、何かひとつのことに打ち込んだことがあったんだろうか、人に自信を持って語れることがあるのかと考えると、何一つないということに気づいてしまい愕然としてしまったのです。
そして、自分の今までの22年間の人生はなんだったんだろうと思い自信をなくしてしまい、無気力になり、部屋に閉じこもってしまいました。一人暮らしをしていたときに引きこもりになったので本当に一人で部屋に閉じこもっていました。
このときの状態を詳しく書くと、まず外に出るのが怖くなります。玄関に立つことさえ恐怖に感じます。光を浴びることさえ怖くなり、カーテンは一日中閉めっぱなしで開けることはありませんでした。でも、何か食べなくてはいけないので、「空腹でこれ以上我慢できない」と思ってようやく外に出ることができます。そして、近くのコンビニでお弁当を買って帰ります。人に会うのはこのときだけで、テレビ、ラジオ以外の生の人の声を聞くのもこのときだけでした。一日一回、五分程度の外出で、ご飯も一日一食が多かったと思います。
外に出ることができないので運動不足で夜は眠ることができず、一晩中起きていて、明け方五時にようやく眠ることができ、昼の二時半ごろに起きるという昼夜逆転の生活が続きました。
朝五時ごろになるとカーテン越しに光を感じ、鳥の鳴き声を聞くだけで、「また、何もしないで一日が過ぎてしまった」と罪悪感と自己嫌悪に陥りながら眠りにつき、昼の二時半ごろ目を覚ますと「また昨日一日、何もしないで無駄に過ごしてしまった」とやるせない思いでいっぱいになりました。
この世のすべてに怯え、この世のすべてを呪っていました。そして真っ暗な部屋で一日中、ガタガタと震えていました。
引きこもりで一番ひどい状態になると、多くの人は世の中の破滅を願うと思います。それは、長い時間閉じこもっていて「世の中に取り残されてしまった。この遅れを取り戻すのはもう不可能だ」と思い込み、「それならば、みんながゼロの状態になれば、自分の遅れもチャラになる」こうして世界の破滅を望みます。そして廃墟の中、ようやく外に出ることができるだろうと考えるのです。
ちょうど1999年だったので、僕はノストラダムスの地球滅亡の予言が当たらないかなあと思っていました。
【心の状態-四段階】
結局、この年には大学を卒業することができず留年をし、次の年に週一回出席すれば卒業できるコースに変更してようやく卒業をして実家に帰りました。
実家に帰っても昼夜逆転の生活は続きました。昼の外出は無理で、夜中にドライブをしていた記憶が残っていますが、このころの記憶ははっきりしていません。あまりにも辛かったので脳に記憶されなかったのかもしれません。それとも、記憶するものがなかったくらい、何もしなかったのかもしれません。しかし外から見ると(他人から見ると)何もしていませんが、心の中では自分を責め続けていました。このときの心の状態を分析してみると四段階に分けられます。
(1)自己卑下、(2)自己批判、(3)自己嫌悪、(4)自己否定の4つです。
まず(1)自己卑下から始まります。昼間から何もせずに暗い部屋に閉じこもっている。多くの人は働いたり、学校に行ったりしているのに、自分ときたら何もしないで無駄に生きていると考え、罪悪感を感じ、自分は何の価値もないゴミのような存在だと思い、自分で自分の価値を貶めていきます。
次に(2)自己批判をしていきます。
暗い部屋で一人きりになると神経が研ぎ澄まされていきます。普段気づかないことに気づき、考えもつかないことを考えます。その状態で自分の欠点、嫌いなところを重箱の隅をつつくように執拗に探していきます。普通なら気づきもしないような欠点も、欠点といえないものまで見つけ出します。
自分の欠点や嫌いなところを探し出すと、次の(3)自己嫌悪になります。この世で一番嫌いな人間が自分なので起きている間、ずーっと嫌な奴と付き合わなければいけません。これは非常に辛い体験でした。一番嫌いな人間が他人なら話をしなければいいし、会わなければそれですみます。がしかし、その相手が自分なのですから。
この苦しみから唯一逃れることができるのが眠ることでした。眠っている間は嫌いな自分を感じなくてすむからです。寝ることだけが救いでした。だから早く眠りにつきたいのに部屋に閉じこもっているので運動不足から夜は眠ることができない。そして夜は物音がなく静かなのでさらに神経が研ぎ澄まされて自己嫌悪が酷くなります。
嫌いということは好きの反対なのでまだ自分自身に関心があるのですが嫌悪を通り越すと(4)自己否定に入ります。自分にまったく関心がなくなります。生きていても死んでいる状態といったらいいでしょうか。自分の存在がどんどん希薄になっていくのです。自分の手のひらを見ても自分のものでない、誰か他人の手を見ている感覚になっていきますそして何も考えなくなるのです。
しかしこれで終わりではありません。何も考えていなくても生きているので腹も減るし、トイレにも行きたくなります。そうすると自分への関心が戻ってきます。そこでまた今の自分の状況を思い出します。つまり、昼間から何もせずただ寝ているだけの自分を確認するのです。そうするとまた(1)自己卑下が始まり、(2),(3),(4)と続きこれを永遠とくり返し心を削り取っていきます。
(1)から(4)の作業をくり返し自分を否定していきますが完全に自己否定はできません。なぜなら、完全に自己否定をしてしまうと自殺してしまうからです。
僕は一回も自殺を考えたことも実行したこともありませんでした。引きこもりで自殺未遂をする人もいるかもしれませんが、あくまで未遂なのでこれも完全には自己否定をしていないのです。どんなに自己否定をしてもしきれない部分、自己肯定の部分が残っていると気づきます。自己否定を続け自殺の一歩手前まで自分を追い詰めることでようやく自己肯定に転換するのだと思います。
【そして、自己肯定への転換】
この自己肯定に転換したきっかけは母のある一言でした。
大学を卒業して実家に帰ってから一年目か二年目の11月のある日の昼、二階の自分の部屋で寝ていました。たぶん怖い夢を見ていたのだと思います。大声を上げて飛び起きました。すると、間髪いれず母がすごい勢いで階段を駆け上がり、ドアを開けて、「どうしたの、大丈夫?」と言ってくれました。僕はこのとき母の顔を見ることができず布団をかぶっていました。少し話をしたかもしれません。そして母は僕の手を両手で握り締めて次の言葉を言ってくれました。
「おまえがどんな状態になっても決して見捨てたりはしない。それはお母さんだけじゃなく家族全員同じ思いだよ」
この言葉を聞いたとき、涙があふれて止まりませんでした。
今まで自分はゴミ以下の人間だと思って、まったく関心がなかったのに、母はそんな僕を肯定してくれたのです。自分で自分を見捨てていたのに、母は「決して見捨てることはない」と言ってくれたのです。
そのとき、「自分はこんなにも愛されていたんだ、生まれてからずっとこの愛に包まれていたんだ」と思いました。無価値だと思っていた自分の心と体にはあふれるくらいの愛が詰まっているのだと実感しました。その日は一日中泣いていました。一週間経って思い返してみても一晩中泣いていました。そしてこの文章を書いているこのときも涙が出ました。
愛は目に見えず、聞くことも、触れることさえできないといいますが、僕にとっては違いました。
母がすぐ駆けつけてきた姿を目で見ることができたし、「見捨てたりしない」という言葉をしっかりと耳で聞くことができたし、握り締めてくれた手を触ることもできました。
愛という想いを言葉と行動で表現してくれたのです。さらに、この愛は見返りを求めない、打算もない、与え続けるだけの無償の愛でした。
【引きこもりから外へ】
今思うとこの出来事が大きなきっかけになって、少しずつ昼間でも外に出るようになり、カウンセリングに行くようになり、スポーツジムやお茶の稽古にも通うようになりました。4年間かけて人前で意見も言えるようになりました。そして、不登校や引きこもりの子供を持つ親の集まりや大会に出るようになりました。こういった集りや大会に出る前、僕は「自分と同じように引きこもっている人を立ち直らすには親の愛、それもお母さんが見せてくれた無償の愛しかないのではないか。でも、それをほかの親にも求めるのは酷なことかもしれない」と考えていました。しかしそんなことはありませんでした。ある講演会では、不登校になった子供を持った母親がそのときの体験を話している途中、思わず涙が出てしまう姿や、初めて集会に参加した父親が自分の子供を思うあまり、泣きながら意見を行っている姿を見て、「子供を本気で心配している親はたくさんいるんだ」と考えを改めました。
【ふたつの方法】
引きこもっている子供を持つ親の集まりに参加すると、多くの親が子供にどう接すればいいか、どうしたら立ち直るのかと悩んでいます。
引きこもった当事者として言わせてもらうと、親が子供に直接してやることは実はわずかしかないのかもしれません。こうすれば立ち直るというマニュアルもありません。一人一人引きこもった理由も環境も違うからです。それでもマニュアルを考えてみると、僕の経験からいえることは2つ。
ひとつ目は、親は自分の子供を信じてほしいということです。「この子は必ず立ち直る」と強く信じ、否定的な考えになるのをぐっとこらえて見守ってください。
ふたつ目として、ここぞというときに子供に、「あなたを見捨てたりしない、愛しています」といった愛の言葉をかけてやってください。
この二つしか思いつきませんでした。
ある集会に参加したとき、不登校になった子を持つ親の意見として次の言葉を聞きました。
「私は子供が不登校になったことでとても貴重な体験をした。宝物もいっぱいもらった」
では、引きこもりの当事者とその親はいったい何を得るのでしょうか。僕が思うに、当事者は親の愛に気づき、親は家族のきずなを築くのではないでしょうか。引きこもりをしていると自分はなんの価値もないゴミ以下のいてもいなくてもいい存在なんだと思い続けています。そんな自分に親はご飯の用意をし、洗濯もするし、その上、どうすれば立ち直るのかと心から心配してくれています。その想いに気づいたとき、子供は親の愛を知ります。
【夫婦の協力】
引きこもった子を立ち直らせるには一人ではできません。家族や友人の協力が必要です。とくに夫婦の団結が必要です。親の集まりに参加する人はたいてい母親です。父親の姿はほとんど見かけません。多くの父親は「俺は仕事で忙しいから家のことは奥さんに任せる」という考えなのでしょう。父親は外で、ストレスを受けたり、悩みやしがらみによって疲れて帰ってきます。そこへ母親から子供のことで相談を受けても「俺は外で働いて疲れているんだ。家に帰ってまで疲れるような事を持ち出すな」と怒ってしまうのも無理はないと思います。しかし家族、とくに夫婦の間に緊張したピリピリした空気が流れているとその険悪な雰囲気は引きこもっている子供にも伝わります。(2)自己批判に書いたように神経が研ぎ澄まされているので家の中の空気にも敏感になるのです。そしてこの険悪な雰囲気が悪化して夫婦の間で口論になるとそれを聞いた子供は「俺がこんな状態だからお父さんとお母さん
は喧嘩をしているんだ」と思いますます自己嫌悪になっていくと思います。
幸いなことに僕の両親は二人で協力して僕を立ち直らせようとしてくれたので夫婦の間での口論や喧嘩は聞いたことがありませんでしたが、もし協力していなかったらおそらくますます自己嫌悪に陥り抜け出せなくなっていたでしょう。僕が父に感謝したいことは、一回も引きこもっている僕に対して責めたことがなかったことです。引きこもっている人は世の中の誰よりも自分を責めています。そこへ家族が「なにをやっているんだ、なぜ働かない」と責めると逃げ場がなくなってしまうのです。家族が引きこもりをしている当事者を信じて見守ることでどうにか本人は息をすることができます。信じて見守るためにはどうしても家族の団結が必要です。団結することで親は家族のきずなを築きます。
【引きこもっている人とその親へ】
僕は今27歳です。21歳のときに引きこもりになり、3年間、ほとんど人に会わず部屋に閉じこもっていました。そして残りの3年間でようやく外に出るようになり今年(平成17年)の春になってようやく大勢の前で自信を持って自分の意見を言えるようになりました。引きこもりをしなければこの6年間で様々な経験と出会いをしていたかもしれません。これから後悔することもあるかもしれません。しかし失った6年間という時間に匹敵するまたはそれ以上のものを手に入れました。
それは地球上の誰もが望むもの、愛、それも無償の愛がこの心と体にあふれているということに気づいたことでした。僕にとって6年間という引きこもりの時間は愛に気づくため、愛を学ぶための時間だったのかもしれません。お父さんとお母さんのもとに生まれてきて本当によかったと思います。ありがとうございます。
最後に引きこもっている人たちとその親たち、そして自分自身へ励ましの意味をこめて書きたいと思います。
「引きこもりは本人の弱さと甘えだ」という人もいると思います。僕はその意見を否定できません。確かに引きこもっている人は精神的に弱いかもしれません。傷つきやすい性格だと思います。社会的に見ても働かず親に寄生しています。これは甘えているといわれても仕方がないと思います。しかしこれだけははっきりと言いきることができます。引きこもりをしている人は弱いし甘えもあるが、生命力ということで見ると実は意外としぶといのです。
真っ暗な部屋に閉じこもり、圧倒的な孤独の中、気が狂う一歩手前まで自己否定をし、口から内臓を吐き出すような寂しさに襲われても本人は生きているのです。しかも、これらの苦しみに何年も耐え続けて生きています。だから、親はこの生命力を信じて子供を見守ってください。
今引きこもっている人もその苦しみに耐えている自分の生命力を信じてください。引きこもりの時間は、今まさに引きこもっている人にとっては呪いでしかありません。しかし、その呪いから解放されて一歩外へ出ようと思ったとき、「あれだけの苦しい時間に耐えて生き残ったんだから自分も捨てたもんじゃない」という自信にかわります。また、その自信は外の世界へ踏み出す勇気にもなります。さらに、自分を決して見捨てなかった親の愛にも気づき自分を肯定することができます。
テレビをつけると親が生まれたばかりの子供を虐待したり殺してしまうニュースを耳にします。子供が親を殺してしまう事件が続いた年もありました。目を覆いたくなるような事件、耳を疑うような事件がワイドショーでひっきりなしに取り上げられています。また、統計によると平成10年から平成16年の七年間、毎年3万人以上の自殺者がいます。一日平均80人以上が自殺しているのです。自殺未遂を考えるとこの十倍はいるのではないかという人もいます。
今の日本は愛と生命力が弱くなっているのかもしれません。愛と生命力が手に入りにくい時代かもしれません。愛と生命力はこれからますます価値が上がっていくことになるかもしれません。多くの人が愛と生命力に飢えて求めているのかもしれません。そう考えると引きこもっている人は人一倍、愛と生命力に敏感なのかもしれません。そして引きこもりの時間とは人間にとってもっとも必要な愛と生命力に気づくために支払う代価なのではないでしょうか。この二つがあれば外の世界に出たときに降りかかってくる様々な問題にも立ち向かえるのではないでしょうか。
すべての引きこもっている人が愛と自分の生命力のしぶとさに、またその親たちが家族のきずなを築くことを願っています。
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