のび太の母/読者からの投稿

この1,2年発達障害という言葉をとてもよく聞くようになった。あちこちで発達障害の講演会が開かれているので、時々お話を聞きにいっている。
 しかし、発達障害の話を聞けば聞くほど、「では、発達障害ではない人っているのかな」と思う。おちょこちょいでせっかちな人は、注意欠陥多動性障害といい、凝り性で一人で一つのことに夢中になっている人は、アスペルガーっぽいと言ったりしていけば、だれもがみんな何らかの発達障害があるのではないかと思えてくる。みんな、発達のでこぼこを持っているから面白いのではないだろうか。オールラウンドプレイヤーみたいな人は稀ではないかと思うが、あたかも理想の人間像があって、その人間に較べると、注意力が不足しているとか、コミュニケーションの能力が弱いとか、忍耐力がないとか、適応力がないとか引き算で人間をとらえているように感じられてならない。
 足りないところばかりに目を向けていたら、プラスが見えなくなってしまう。
 私の友人が、「じゃがいもは、凹んでいるところから芽が出るんだなぁ」とポツリとつぶやいた事を思い出す。育っていない部分もまた、その人らしい生き方を見つけるための道標となるのではないかと思う。
 この頃は、幻の理想の人間像を追い求めるようなことは、意味がないとつくづく思っている。