リレーコラム
別れと出発を見つめて2008年03月25日
Category: リレーコラム
大村洋一/NPO法人自然学校ふる里あったかとお理事
前回「卒業式」を取り上げたところ、不登校だった娘さんの卒業式について書きつづったお手紙を読者からいただいた。中学の制服さえ着るのを嫌っていた娘さんが、卒業文集には自らの不登校について書きとめ、卒業式の当日には進んで制服を着ることを選び、校長室での卒業証書の授与を受けたそうだ。
思い起こせば、私の長男も中学の卒業式は自ら進んで出席した。そして、その後の謝恩会にも出席したのであった。級友や先生方と談笑する彼を見ると、この3年間の不登校の時間はなんだったのだろうかと思った。彼はこの1日で3年間の空白の学校生活をいっきに取り戻しているようにも見えた。親の気持ちとしてはもう少し長い時間こんな姿を眺めていたかったと思った。
お手紙をいただいた方の娘さんも、学校ときちんと向き合ったからこそ「不登校」になり、その学校との関係に区切りをつけたいために卒業式に臨んだのだろう。多くの場合、不登校は学校に背を向けた「怠け」ではなく、学校と正面を向いた上での「結果」なのだと思う。
その娘さんは中学卒業後、自らの道を探しながら歩み始めているとのこと。私はそんな悩める子ども達を、焦らずじっくりと育てられる教育環境と社会環境に今後もっともっと変わっていって欲しいと思う。それは義務教育を終えたあとも子どもたちをめぐる環境が変わらなければ、同じであろうと思うからである。
卒業という別れがあれば、新しい生活への出発がある。
昨年秋、必修科目の未履修問題の渦中にあった私の次男は大学に入学し学生寮へとこの春引っ越していった。時を同じくして「自然学校ふる里あったかとお」では共に活動を支えてくれた若者が、新しい活動を求めて海外に修行に行くことになり、野鳥観察仲間では小学5年生で野鳥観察を体験し、アイドルのような存在だった子が、大学生となり他県に生活の場を移していった。
大勢の周囲の人々に支えられて、新しい春を迎えた彼ら彼女らーーー。これからの私は、彼ら彼女らの成長をゆっくりと見つめることしかできない。しかし、それが私のできる最も大切なことだろうと思う。
平成19年4月11日付け
読売新聞長野版コラム「きょういくエッセイ」より
次の記事:モンスターを作り出すのは誰?前回「卒業式」を取り上げたところ、不登校だった娘さんの卒業式について書きつづったお手紙を読者からいただいた。中学の制服さえ着るのを嫌っていた娘さんが、卒業文集には自らの不登校について書きとめ、卒業式の当日には進んで制服を着ることを選び、校長室での卒業証書の授与を受けたそうだ。
思い起こせば、私の長男も中学の卒業式は自ら進んで出席した。そして、その後の謝恩会にも出席したのであった。級友や先生方と談笑する彼を見ると、この3年間の不登校の時間はなんだったのだろうかと思った。彼はこの1日で3年間の空白の学校生活をいっきに取り戻しているようにも見えた。親の気持ちとしてはもう少し長い時間こんな姿を眺めていたかったと思った。
お手紙をいただいた方の娘さんも、学校ときちんと向き合ったからこそ「不登校」になり、その学校との関係に区切りをつけたいために卒業式に臨んだのだろう。多くの場合、不登校は学校に背を向けた「怠け」ではなく、学校と正面を向いた上での「結果」なのだと思う。
その娘さんは中学卒業後、自らの道を探しながら歩み始めているとのこと。私はそんな悩める子ども達を、焦らずじっくりと育てられる教育環境と社会環境に今後もっともっと変わっていって欲しいと思う。それは義務教育を終えたあとも子どもたちをめぐる環境が変わらなければ、同じであろうと思うからである。
卒業という別れがあれば、新しい生活への出発がある。
昨年秋、必修科目の未履修問題の渦中にあった私の次男は大学に入学し学生寮へとこの春引っ越していった。時を同じくして「自然学校ふる里あったかとお」では共に活動を支えてくれた若者が、新しい活動を求めて海外に修行に行くことになり、野鳥観察仲間では小学5年生で野鳥観察を体験し、アイドルのような存在だった子が、大学生となり他県に生活の場を移していった。
大勢の周囲の人々に支えられて、新しい春を迎えた彼ら彼女らーーー。これからの私は、彼ら彼女らの成長をゆっくりと見つめることしかできない。しかし、それが私のできる最も大切なことだろうと思う。
平成19年4月11日付け
読売新聞長野版コラム「きょういくエッセイ」より
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