リレーコラム
子どもの怒り 受け止める2007年11月06日
Category: リレーコラム
大村洋一/NPO法人自然学校ふる里あったかとお理事
私の長男が卒業したT高校は例年、夏の終わりに「超リフレ」と称して、いわゆるPTA作業を1泊2日、2日間かけて行っている。T高校は全寮制の高校で、全国からそれぞれの事情で、中学校や高校を不登校となった子どもたちが多く集まっている。つまり、その家族の自宅は全国に散らばっているが、親のほとんどがPTA作業のために1泊2日で集まってくるのである。
敷地内にある寮の「板壁」にはいつもこぶし大のへこみと数々の落書きがある。殴りつけられ、落書きされた「板壁」は、寮や学校で生活を送るなかで噴出した、子どもたちの怒りや不満などのはけ口となったことを物語る。
自宅から通う高校生は、怒りや不満の矛先として、同居する親が受け止めることが多いが、全寮制の生活ではそれができない。溜まりに溜まった怒りの向かう先が「板壁」なのだ。
その「板壁」を補修しようと親たちが自主的に始めたのが「超リフレ」だと、私は聞いている。1年の間、子どもたちの怒りを本来受け止めるべき親に代わって受けとめ、へこんだ壁を、いとおしむように修理をする。
痛めつけられた校舎を目の当たりにして、普通ならば多くの親が荒れた学校の指導管理体制を非難するだろう。
しかし、「超リフレ」に参加する親からは、そのような声をあまり聞いたことがない。日頃できない子どもたちの身の回りの世話をこの時とばかりに行うのである。
T高校では日頃からゴタゴタの内部事情をオープンにし、それがゆえに、親と学校との意見のぶつかり合いは並大抵のものではなかったが、共に行動を起こす時は、起こすことができた。子どもたちのためにとの思いが共通していたからだ。そんな思いのつながりがあったPTA活動が、今はちょっと懐かしく思えてくる。
平成18年9月13日付け
読売新聞長野版コラムきょういくエッセイ」より
次の記事: 学ぶことの公平と不公平私の長男が卒業したT高校は例年、夏の終わりに「超リフレ」と称して、いわゆるPTA作業を1泊2日、2日間かけて行っている。T高校は全寮制の高校で、全国からそれぞれの事情で、中学校や高校を不登校となった子どもたちが多く集まっている。つまり、その家族の自宅は全国に散らばっているが、親のほとんどがPTA作業のために1泊2日で集まってくるのである。
敷地内にある寮の「板壁」にはいつもこぶし大のへこみと数々の落書きがある。殴りつけられ、落書きされた「板壁」は、寮や学校で生活を送るなかで噴出した、子どもたちの怒りや不満などのはけ口となったことを物語る。
自宅から通う高校生は、怒りや不満の矛先として、同居する親が受け止めることが多いが、全寮制の生活ではそれができない。溜まりに溜まった怒りの向かう先が「板壁」なのだ。
その「板壁」を補修しようと親たちが自主的に始めたのが「超リフレ」だと、私は聞いている。1年の間、子どもたちの怒りを本来受け止めるべき親に代わって受けとめ、へこんだ壁を、いとおしむように修理をする。
痛めつけられた校舎を目の当たりにして、普通ならば多くの親が荒れた学校の指導管理体制を非難するだろう。
しかし、「超リフレ」に参加する親からは、そのような声をあまり聞いたことがない。日頃できない子どもたちの身の回りの世話をこの時とばかりに行うのである。
T高校では日頃からゴタゴタの内部事情をオープンにし、それがゆえに、親と学校との意見のぶつかり合いは並大抵のものではなかったが、共に行動を起こす時は、起こすことができた。子どもたちのためにとの思いが共通していたからだ。そんな思いのつながりがあったPTA活動が、今はちょっと懐かしく思えてくる。
平成18年9月13日付け
読売新聞長野版コラムきょういくエッセイ」より
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