2004年6月30日に、今年度から子ども課がスタートした駒ヶ根市教育委員会におじゃまし、中原教育長にいろいろとお話を伺いました。
子ども課設置に至る経過や、体制、役割や期待について、また、不登校に対するお考えや、学校の取り組み、さらに、子どもが育つ地域の活動のあり方や、子どもの権利条約について、多岐にわたるお話をして頂きました。紙面 の都合上、伺ったお話のほんの一部分ですが、ご紹介させていただきます。

写真— 子ども課の組織について簡単にご説明をおねがいします。

 子ども課は、子育て家庭教育係、母子保健係、児童係、学校教育係で構成されています。このうち、子育て家庭教育係は、教育相談室、家庭児童相談室、子育て支援センター、同交流室、子ども交流センター、青少年育成、地域こども100人の会、少子化対策など。母子保健係は、母子・乳幼児保健、予防接種、性教育。児童係は、保育園、幼稚園。学校教育係は、小学校、中学校、人権・同和教育をそれぞれ担当するようになっています。

— 子ども課設置のねらいはなんですか。

 子どものことに関する事務、施策について、トータルに担当する窓口体制があることは、市民にとって分かりやすい行政になり、安心して相談できる体制が整えられると考えています。また、横断的連携をとることによって縦割り行政の弊害が解消されて、職員相互の連携や、専門家による家庭と教育や、子どもの相談業務がより充実すると思います。

— 全国に先駆けて駒ヶ根から始まるこの妊娠から青少年までの一貫した教育施策に期待したいと思います。さて、駒ヶ根市は、不登校への取り組みもとても早かったことで有名ですが、そのことについてお話していただけますか。

写真 10年程前は、駒ヶ根は県下一、不登校が多く、これではいけないということで、県で不登校の研究をするようにということで、私は赤穂中で、白鈴(はくれい)の時間というのを創りました。
 赤穂中は、学年会・教科会というのが、がちっとしているのはいいんだけれども、マニュアルと管理をきちっとやれば、いい子が育つというようなことをやっていたんです。そこで、『登校拒否傾向のきっかけをつくりがちな学校や学級の体質』という講演会をやったわけです。職員は大変不満の様でしたがそのうちにかわってきて、学校や学級の体質…特に大規模校ほど、集団の体質が問われなければならないという根本的なことが問題になりました。仮に登校していたとしても、顔の表情が乏しく、休み時間に出すようなツヤのある声が出ないとしたら、それは、登校拒否を招く体質かもしれない。だから、登校しているかいないかということよりも、どんな気持ちで学校に子どもが来ているかということが大事なんで、そこが問題だと。
 真面目で熱心なことは、教師にとって大変大事なことであるが、時には、真面目に努力すればするほど、生徒の気持ちが引っ込んでしまうことがないわけではない。生徒指導は、信念だけではカバーできないことがある。つまり、発想の問題だということですね。それで、何か問題行動が起きた時、まず生徒指導担当の職員が、その子のためと思って一生懸命指導する。それはいいんだけれども、学校という組織の立場からの指導になる。それで、今は中間教室を担当してくださっている百瀬先生に「あなたは、学校の立場じゃなくて、いつも生徒の側に立って見ていてください」とお願いしました。学校の中に、学校側に立つ人と、生徒の側に立つ人と、そういう両方の機能を持った者を存在させなければいけないというのが私の考えでした。
 また、意図的計画的な活動、マニュアルづけになりがちな学校生活から子どもをどうやって解き放つかです。先程、白鈴(はくれい)の時間のことをいいましたが、「ふるさと・いのち・自然・福祉等々何でもいいから各学級でやってみよう」という時間を創ったんです。今では、全国で総合的な学習の時間としてやっていますが、その頃は、理解してもらうのが大変でした。子どもたちが、自分たちで行く先を拓いていくような、何とかできるかもしれないし、失敗するかも分からないようなスリルのある活動をさせてみたい。課題や困難を自分たちで解決しなければならない余地があり、そこを創意と協力によって解決していく活動で、しかも、すぐに終わってしまうのではなく、一つの石を取り除くとまた別の石が現われて、次の活動を呼ぶといった学びの体験です。「白鈴の時間」だけをいうのではなく、発想を言うのです。
 現在、駒ヶ根市は、不登校の児童・生徒数は県下で一番少ないほうですが、これは、数の問題ではないから、本気で取り組んでいきたいと思っています。

— 駒ヶ根市では、『アルプスふれあいキャンプ』ということを実施して今年で6年目ということですが、どういった内容なのですか。

 不登校児童生徒を含めた異年齢の小中学生を対象に、学校・家庭とは異なる環境の中で、自然体験や共同生活体験を通 して、自主性、社会性など「生きる力」の育成を図りながら、不登校児童生徒の学校生活への復帰を支援することを目的にしたキャンプです。
 活動プログラムは、1泊2日、3泊4日の6日間となるように組んでいます。この間、1次キャンプが終わったところです。

— どういうきっかけで始まったんですか。

 平成11年に、県の委託事業ということで始まりました。委託事業なので単年度で終わってしまうということだったんですけれども、実施してみてとてもいい事業だということで、次年度からは、駒ヶ根市の単独事業ということで予算をつけてもらって今日に至るまで引き続き行っています。初めは信大の学生にスタッフとして関わってもらっていたけれど、現在は、看護大の学生が中心になってスタッフとしてサポートに入ってくれています。教育委員会は、子どもたちを育て、スタッフの学生も育てるということをしていこうということでやっています。高校生のスタッフも参加してもらっていますが、高校生は、いわゆるかつて不登校の経験をした生徒さんで、高校へ進学してこのキャンプのお手伝いをしてくれているという、いい循環ができています。

— 不登校だった子どもさんが、毎年キャンプに参加する中で、やがて高校生になって不登校の子どもたちを支える側へと成長していくのですね。

 ええ、そうです。スタッフという立場になれば、またそこに自覚が生まれ、自分を育てるわけです。共育ちをするんです。この「ふれあいキャンプ」は、駒ヶ根市の財産だと思っています。スタッフにもどの子が不登校とか、不登校でないとか知らせてないんです。自然にやりたいから、ことさらメディアで宣伝しないんです。大事なのは、子どもが育つことだと思っています。

— 不登校・登校を意識しないで、のびのびと自然の中でみんなと過ごす体験は、どの子にとっても大事なことですね。 さて、不登校ばかりでなく、今の子どもたちには様々な問題が起こってきています。子どもが育つ地域として駒ヶ根では、どんな取り組みをしていますか。

 区・自治組合単位ごとに小・中一緒になって「地区子ども会」を作って、幾つかのの地区では「集会所合宿」をしています。これは、まず、区長さんにお願いして、育成委員会で研修会をして、PTAに提案してという形で進めてきたことで・・・なかなか全部が全部うまくはいかないけれど、それでも年々増えてきてまして、この間も、小学1年生の子が中学3年男子におんぶしてもらったり、一緒にご飯を食べたりして、うれしくって寝れなかったそうです。縦の人間関係と地域と、これを作ってやらないとね。子どもっていうのは学校と親だけにつながっていてはだめなんで、つまり、自分の親以外の大人、自分の兄弟以外の他の人とどうつながるかっていう、人間関係の輪を作ってやらなければいけない。そういう機会をどう作るかっていうこと。それは、人間関係を作ることを目的とした会をわざわざもったとしてもだめなんだよね。その、飯を一緒に作るとかいう事がらによって人間関係ができてくる。地味でも、子どもたちの手による子ども会活動をしていく。少しは、ゴタしてもいいんだと思うんです。私は、議会でよく「子どもも市民であります。」「幼くとも一人の市民であります。大事な人格をもった尊厳を、大事にしなければやがて、市は滅びる。」って言うんです。子どもを社会的存在にするため、公共心を育てるため、運命共同体の中で生活している意識を育てるためには、地域の縦の異年齢の人間関係の中で活動することが不可欠だということです。
 親は大変だけれども、子どもたちに感激をさせる体験を与えてくれなければ、大人がいる意味がない。それに、親だけでなく、公民館の分館の役員さんと育成委員と青年層や年配層の協力者でチームを作っていくわけです。
 いい大人たちがいるところには、いい子どもたちが育つのではないかな。まず、わたしたちが、いい大人にならなければと思います。

駒ヶ根市こども課— 本当にそうですね。
  今日は、ありがとうございました。

中原教育長の飾らないお人柄ゆえに時のたつのも忘れてお話をうかがいました。子どもたちへの深い理解とあたたかな眼差し、教育への情熱がひしひしと伝わってきて「子どもも一人の市民であります。」という言葉に思わず涙腺が弛んでしまいました。 感動を胸に、職員の方々が立ち働く教育委員会を後にしました。中原教育長をはじめ、職員の皆さん本当にありがとうございました。

 

駒ヶ根市教育長不登校・ひきこもりの子どもたちへのメッセージ
自分の気持ちを閉ざさなければ、分かって支えてくれる大人や仲間が必ずいます。自分から動き出す「きっかけ」「チャンス」を見逃さないようにしてほしいのです。

駒ヶ根市教育長 中原稲雄